念仏は無間地獄に堕ちること(7)
浄蓮房御書 建治元建治元年六月。五十四歳作。
細美帷一送り給候畢ぬ。善導和尚と申す人は漢土に臨?と申国の人也。幼少の時密州と申す国の明勝と申す人を師とせしが、彼の僧は法華経と浄名経を尊重して、我も読誦し人をもすゝめしかば善導に此を教ゆ。善導此を習ひて師の如く行ぜし程に過去の宿習にや有けん。案じて云く「仏法には無量の行あり、機に随て皆利益あり。教いみじといへども機にあたらざれば虚きがごとし。されば我法華経を行ずるは我が機に叶はずばいかんが有べかるらん。教には依べからず」と思て一切経蔵に入り、両眼を閉て経をとる。観無量寿経を得たり。披見すれば此経に云く「為未来世為煩悩賊之所害者説清浄業」等云云。華厳経は二乗のため、法華経、涅槃経等は五乗にわたれどもたいし(大旨)は聖人のためなり。末法の我等が為なる経は唯観経にかぎれり。釈尊最後の遺言には涅槃経にはすぐべからず。彼経には七種の衆生を列たり。第一は入水則没の一闡提人也。生死の水に入しより已来いまに出ず。譬へば大石を大海に投入たるがごとし。身重して浮ぶことを習はず、常に海底に有り。此を常没と名く。第二をば出已復没と申す。譬へば身に力有とも浮ぶことをならはざれば出で已て復入ぬ。此は第一の一闡提の人には有ねども一闡提のごとし。又常没と名く。第三は出已不没と申す、生死の河を出でてよりこのかた没することなし。此は舎利弗等の声聞なり。第四は出已即住。第五は観方。第六は浅処。第七到彼岸等也。第四、第五、第六、第七は縁覚、菩薩也。釈迦如来世に出させ給て一代五時の経経を説給ひて、第三已上の人人を救ひ給ひ畢ぬ。第一は捨させ給ぬ。法蔵比丘、阿弥陀仏此をうけとて四十八願を発して迎とらせ給ふ。十方三世の仏と釈迦仏とは第三已上の一切衆生を救ひ給ふ。あみだ(阿弥陀)仏は第一、第二を迎とらせ給ふ。而に今末代の凡夫は第一、第二に相当れり。而を浄影大師、天台大師等の佗宗の人師は此事を弁へずして、九品の浄土に聖人も生ると思へり。?が中の?也。一向末代の凡夫の中に上三品は遇大始て大乗に値へる凡夫。中三品は遇小始て小乗に値へる凡夫。下三品は遇悪、一生造悪、無間非法の荒凡夫。臨終の時始て上の七種の衆生を弁へたる智人に行きあいて、岸上の経経をうちすてて水に溺るゝの機を救はせ給ふ。観経の下品、下生の大悪業に南無阿弥陀仏を授たり。されば我一切経を見るに法華経等は末代の機には千中無一也。第一、第二の我等衆生は第三已上の機の為に説れて候。法華経等を末代に修行すれば身は苦んで益なしと申て、善導和尚は立所に法華経を抛すてて観経を行ぜしかば三昧発得して、阿弥陀仏に見参して重て此法門を渡し給ふ、四帖の疏是也。導の云く「然るに諸仏の大悲は苦なる者に於て心偏に常没の衆生を愍念す。是を以て勧めて浄土に帰せしむ。亦水に溺るゝの人の如く急に須く偏に救ふべし。岸上の者何ぞ用て済ふことをなさん」と云云。又云く「深心と言へるは即ち是深信の心也。亦二種有り、一には決定して自身は現に是罪悪生死の凡夫なり。昿劫より已来常に没し常に流転して出離の縁有ること無しと深信す」。又云く「二には決定して彼の阿弥陀仏の四十八願は衆生を摂受したまふこと疑ひ無く慮り無く、彼の願力に乗ずれば定んで往生を得ると深信す」云云。此の釈の心は上にかき顕して候。浄土宗の肝心と申は此也。我等末代の凡夫は涅槃経の第一第二也。さる時に釈迦仏の教には「無有出離之縁」。法蔵比丘の本願にては「定得往生と知るを三心の中の深心とは申す也」等云云。此又導和尚の私義には非ず。綽禅師と申せし人の涅槃経を二十四反かう(講)ぜしが、曇鸞法師の碑の文を見て立所に涅槃経を捨てて観経に遷て後、此法門を導には教て候也。鸞法師と申せし人は斉の代の人也。漢土にては時に独歩の人也。初には四論と涅槃経とをかうぜしが、菩提流支と申す三蔵に値ひて四論、涅槃を捨て観経に遷りて往生をとげし人也。三代が間伝へて候法門也。漢土、日本には八宗を習ふ智人正法すでに過て像法に入りしかば、かしこき人人は皆自宗を捨てて浄土念仏に遷りし事此也。日本国のいろはは天台山の恵心の往生要集此也。三論の永観が十因往生講式、此等皆此法門をうかがい得たる人人也。法然上人亦爾也云云。
日蓮云く、此義を存ずる人人等も但恒河の第一第二は一向浄土の機と云云。此此法門の肝要か。日蓮涅槃経の三十二、三十六を開き見るに、第一は誹謗正法の一闡提、常没大魚と名けたり。第二は又常没、其第二の人を出さば提婆達多、瞿伽利、善星等也。此は誹謗五逆の人人なり。詮する所第一、第二は謗法と五逆也。法蔵比丘の「設ひ我仏を得んに十方衆生至心に信楽して我国に生れんと欲し、乃至十念して若生ぜずんば正覚を取らじ。唯五逆と誹謗正法とを除く」云云。此願の如きんば法蔵比丘は恒河の第一第二を捨はててこそ候ぬれ。導和尚の如くならば末代の凡夫阿弥陀仏の本願には千中無一也。法華経の結経たる普賢経には五逆と誹謗正法は一乗の機と定給ひたり。されば末代の凡夫の為には法華経は十即十生百即百生也。善導和尚が義に付て申す詮は私案にはあらず。阿弥陀仏は無上念王たりし時娑婆世界は已にすて給ぬ。釈迦如来は宝海梵志として此の忍土を取給畢ぬ。十方の浄土には誹謗正法と五逆と一闡提とをば迎べからずと、阿弥陀仏、十方の仏誓給ひき。宝海梵志の願に云く「即ち十方浄土の擯出の衆生を集めて我当に之を度すべし」云云。法華経に云く「唯我一人能為救護」等云云。唯我一人の経文は堅きやうに候へども釈迦如来の自義にはあらず。阿弥陀仏等の諸仏我と娑婆世界を捨しかば、教主釈尊唯我一人と誓てすでに娑婆世界に出給ぬる上はなにをか疑ひ候べき。鸞、綽、導、心、観、然等の六人の人人は智者也。日蓮は愚者也。非学生也。但上の六人は何の国の人ぞ、三界の外の人か六道の外の衆生歟。阿弥陀仏に値奉りて出家受戒して沙門となりたる僧歟。今の人人は将門、純友、清盛、義朝等には種性も及ばず威徳も足らず。心のかうさ(剛)は申ばかりなけれども朝敵となりぬれば、其人ならざる人人も将門か純友かと舌にうちからみ(?)て申ども彼の子孫等もとがめず。義朝なんど申は故右大将家の慈父也。子を敬ひまいらせば父をこそ敬ひまいらせ候べきに、いかなる人人も義朝、為朝なんど申すぞ。此則ち王法の重く逆臣の罪のむくい(報)也。上の六人又かくのごとし。釈迦如来世に出させ給て一代の聖教を説をかせ給ふ。五十年の説法を我と集て浅深勝劣、虚妄真実を定て四十余年は「未顕真実已今当第一」等と説せ給しかば、多宝、十方の仏、真実なりと加判せさせ給て定めをかれて候を、彼六人は未顕真実の観経に依て、皆是真実の法華経を第一第二の悪人の為にはあらずと申さば、今の人人は彼にすかされて数年を経たるゆへに、将門、純友等が所従等彼を用ひざりし百姓等を、或は切り或は打ちなんどせしがごとし。彼をおそれて従ひし男女は、官軍にせめられて彼人人と一時に水火のせめに値しなり。今日本国の一切の諸仏、菩薩一切経を信ずるやうなれども、心は彼の六人の心也。身は又彼の六人の家人也。彼の将門等は官軍の向はざりし時は、大将の所従知行の地且く安穏なりしやうなりしかども、違勅の責近づきしかば所は脩羅道となり、男子は厨者の魚をほふる(屠)がごとし。炎に入り水に入りしなり。今日本国又かくのごとし。彼六人が僻見に依て今生には守護の善神に放されて三災七難の国となり、後生には一業所感の衆生なれば阿鼻大城の炎に入べし。法華経の第五巻に末代の法華経の強敵を仏記し置給へるは「如六通羅漢」と云云。上の六人は尊貴なること六通を現ずる羅漢の如し。然に浄蓮上人の親父は彼等の人人の御檀那也。仏教実ならば無間大城疑なし。又君の心を演るは臣、親の苦をやすむるは子也。目連尊者悲母の餓鬼の苦を救ひ、浄蔵、浄眼は慈父の邪見を翻し給き。父母の遺体は子の色心也。浄蓮上人の法華経を持ち給ふ御功徳は慈父の御力也。提婆達多は阿鼻地獄に堕しかども天王如来の記を送給き。彼は仏と提婆と同性一家なる故也。此は又慈父也、子息也。浄蓮上人の所持の法華経いかでか彼の故聖霊の功徳とせなざるべき。事多しと申せども止め畢ぬ。三反人によませてきこしめせ。恐恐謹言。
六月二十七日 日蓮花押
返す返す。するが(駿河)の人人みな同じ御心と申させ給ひ候へ。
細美帷一送り給候畢ぬ。善導和尚と申す人は漢土に臨?と申国の人也。幼少の時密州と申す国の明勝と申す人を師とせしが、彼の僧は法華経と浄名経を尊重して、我も読誦し人をもすゝめしかば善導に此を教ゆ。善導此を習ひて師の如く行ぜし程に過去の宿習にや有けん。案じて云く「仏法には無量の行あり、機に随て皆利益あり。教いみじといへども機にあたらざれば虚きがごとし。されば我法華経を行ずるは我が機に叶はずばいかんが有べかるらん。教には依べからず」と思て一切経蔵に入り、両眼を閉て経をとる。観無量寿経を得たり。披見すれば此経に云く「為未来世為煩悩賊之所害者説清浄業」等云云。華厳経は二乗のため、法華経、涅槃経等は五乗にわたれどもたいし(大旨)は聖人のためなり。末法の我等が為なる経は唯観経にかぎれり。釈尊最後の遺言には涅槃経にはすぐべからず。彼経には七種の衆生を列たり。第一は入水則没の一闡提人也。生死の水に入しより已来いまに出ず。譬へば大石を大海に投入たるがごとし。身重して浮ぶことを習はず、常に海底に有り。此を常没と名く。第二をば出已復没と申す。譬へば身に力有とも浮ぶことをならはざれば出で已て復入ぬ。此は第一の一闡提の人には有ねども一闡提のごとし。又常没と名く。第三は出已不没と申す、生死の河を出でてよりこのかた没することなし。此は舎利弗等の声聞なり。第四は出已即住。第五は観方。第六は浅処。第七到彼岸等也。第四、第五、第六、第七は縁覚、菩薩也。釈迦如来世に出させ給て一代五時の経経を説給ひて、第三已上の人人を救ひ給ひ畢ぬ。第一は捨させ給ぬ。法蔵比丘、阿弥陀仏此をうけとて四十八願を発して迎とらせ給ふ。十方三世の仏と釈迦仏とは第三已上の一切衆生を救ひ給ふ。あみだ(阿弥陀)仏は第一、第二を迎とらせ給ふ。而に今末代の凡夫は第一、第二に相当れり。而を浄影大師、天台大師等の佗宗の人師は此事を弁へずして、九品の浄土に聖人も生ると思へり。?が中の?也。一向末代の凡夫の中に上三品は遇大始て大乗に値へる凡夫。中三品は遇小始て小乗に値へる凡夫。下三品は遇悪、一生造悪、無間非法の荒凡夫。臨終の時始て上の七種の衆生を弁へたる智人に行きあいて、岸上の経経をうちすてて水に溺るゝの機を救はせ給ふ。観経の下品、下生の大悪業に南無阿弥陀仏を授たり。されば我一切経を見るに法華経等は末代の機には千中無一也。第一、第二の我等衆生は第三已上の機の為に説れて候。法華経等を末代に修行すれば身は苦んで益なしと申て、善導和尚は立所に法華経を抛すてて観経を行ぜしかば三昧発得して、阿弥陀仏に見参して重て此法門を渡し給ふ、四帖の疏是也。導の云く「然るに諸仏の大悲は苦なる者に於て心偏に常没の衆生を愍念す。是を以て勧めて浄土に帰せしむ。亦水に溺るゝの人の如く急に須く偏に救ふべし。岸上の者何ぞ用て済ふことをなさん」と云云。又云く「深心と言へるは即ち是深信の心也。亦二種有り、一には決定して自身は現に是罪悪生死の凡夫なり。昿劫より已来常に没し常に流転して出離の縁有ること無しと深信す」。又云く「二には決定して彼の阿弥陀仏の四十八願は衆生を摂受したまふこと疑ひ無く慮り無く、彼の願力に乗ずれば定んで往生を得ると深信す」云云。此の釈の心は上にかき顕して候。浄土宗の肝心と申は此也。我等末代の凡夫は涅槃経の第一第二也。さる時に釈迦仏の教には「無有出離之縁」。法蔵比丘の本願にては「定得往生と知るを三心の中の深心とは申す也」等云云。此又導和尚の私義には非ず。綽禅師と申せし人の涅槃経を二十四反かう(講)ぜしが、曇鸞法師の碑の文を見て立所に涅槃経を捨てて観経に遷て後、此法門を導には教て候也。鸞法師と申せし人は斉の代の人也。漢土にては時に独歩の人也。初には四論と涅槃経とをかうぜしが、菩提流支と申す三蔵に値ひて四論、涅槃を捨て観経に遷りて往生をとげし人也。三代が間伝へて候法門也。漢土、日本には八宗を習ふ智人正法すでに過て像法に入りしかば、かしこき人人は皆自宗を捨てて浄土念仏に遷りし事此也。日本国のいろはは天台山の恵心の往生要集此也。三論の永観が十因往生講式、此等皆此法門をうかがい得たる人人也。法然上人亦爾也云云。
日蓮云く、此義を存ずる人人等も但恒河の第一第二は一向浄土の機と云云。此此法門の肝要か。日蓮涅槃経の三十二、三十六を開き見るに、第一は誹謗正法の一闡提、常没大魚と名けたり。第二は又常没、其第二の人を出さば提婆達多、瞿伽利、善星等也。此は誹謗五逆の人人なり。詮する所第一、第二は謗法と五逆也。法蔵比丘の「設ひ我仏を得んに十方衆生至心に信楽して我国に生れんと欲し、乃至十念して若生ぜずんば正覚を取らじ。唯五逆と誹謗正法とを除く」云云。此願の如きんば法蔵比丘は恒河の第一第二を捨はててこそ候ぬれ。導和尚の如くならば末代の凡夫阿弥陀仏の本願には千中無一也。法華経の結経たる普賢経には五逆と誹謗正法は一乗の機と定給ひたり。されば末代の凡夫の為には法華経は十即十生百即百生也。善導和尚が義に付て申す詮は私案にはあらず。阿弥陀仏は無上念王たりし時娑婆世界は已にすて給ぬ。釈迦如来は宝海梵志として此の忍土を取給畢ぬ。十方の浄土には誹謗正法と五逆と一闡提とをば迎べからずと、阿弥陀仏、十方の仏誓給ひき。宝海梵志の願に云く「即ち十方浄土の擯出の衆生を集めて我当に之を度すべし」云云。法華経に云く「唯我一人能為救護」等云云。唯我一人の経文は堅きやうに候へども釈迦如来の自義にはあらず。阿弥陀仏等の諸仏我と娑婆世界を捨しかば、教主釈尊唯我一人と誓てすでに娑婆世界に出給ぬる上はなにをか疑ひ候べき。鸞、綽、導、心、観、然等の六人の人人は智者也。日蓮は愚者也。非学生也。但上の六人は何の国の人ぞ、三界の外の人か六道の外の衆生歟。阿弥陀仏に値奉りて出家受戒して沙門となりたる僧歟。今の人人は将門、純友、清盛、義朝等には種性も及ばず威徳も足らず。心のかうさ(剛)は申ばかりなけれども朝敵となりぬれば、其人ならざる人人も将門か純友かと舌にうちからみ(?)て申ども彼の子孫等もとがめず。義朝なんど申は故右大将家の慈父也。子を敬ひまいらせば父をこそ敬ひまいらせ候べきに、いかなる人人も義朝、為朝なんど申すぞ。此則ち王法の重く逆臣の罪のむくい(報)也。上の六人又かくのごとし。釈迦如来世に出させ給て一代の聖教を説をかせ給ふ。五十年の説法を我と集て浅深勝劣、虚妄真実を定て四十余年は「未顕真実已今当第一」等と説せ給しかば、多宝、十方の仏、真実なりと加判せさせ給て定めをかれて候を、彼六人は未顕真実の観経に依て、皆是真実の法華経を第一第二の悪人の為にはあらずと申さば、今の人人は彼にすかされて数年を経たるゆへに、将門、純友等が所従等彼を用ひざりし百姓等を、或は切り或は打ちなんどせしがごとし。彼をおそれて従ひし男女は、官軍にせめられて彼人人と一時に水火のせめに値しなり。今日本国の一切の諸仏、菩薩一切経を信ずるやうなれども、心は彼の六人の心也。身は又彼の六人の家人也。彼の将門等は官軍の向はざりし時は、大将の所従知行の地且く安穏なりしやうなりしかども、違勅の責近づきしかば所は脩羅道となり、男子は厨者の魚をほふる(屠)がごとし。炎に入り水に入りしなり。今日本国又かくのごとし。彼六人が僻見に依て今生には守護の善神に放されて三災七難の国となり、後生には一業所感の衆生なれば阿鼻大城の炎に入べし。法華経の第五巻に末代の法華経の強敵を仏記し置給へるは「如六通羅漢」と云云。上の六人は尊貴なること六通を現ずる羅漢の如し。然に浄蓮上人の親父は彼等の人人の御檀那也。仏教実ならば無間大城疑なし。又君の心を演るは臣、親の苦をやすむるは子也。目連尊者悲母の餓鬼の苦を救ひ、浄蔵、浄眼は慈父の邪見を翻し給き。父母の遺体は子の色心也。浄蓮上人の法華経を持ち給ふ御功徳は慈父の御力也。提婆達多は阿鼻地獄に堕しかども天王如来の記を送給き。彼は仏と提婆と同性一家なる故也。此は又慈父也、子息也。浄蓮上人の所持の法華経いかでか彼の故聖霊の功徳とせなざるべき。事多しと申せども止め畢ぬ。三反人によませてきこしめせ。恐恐謹言。
六月二十七日 日蓮花押
返す返す。するが(駿河)の人人みな同じ御心と申させ給ひ候へ。
念仏は無間地獄に堕ちること(6)
法華浄土問答鈔 文永九(1272.正・17)
<中略>
弁成の立つ。我が身叶ひ難きが故に且く聖道の行の捨閉閣抛し浄土に帰し、浄土の往生して法華を聞いて無生を悟るを得る也。
日蓮難じて云く 我が身叶ひ難ければ穢土に於て法華経等・教主釈尊等を捨閉閣抛し、浄土に至りて之を悟るべし等云云。何れの経文に依て此の如き義を立てるや。又天台宗の報土は分真即・究竟即・浄土宗の報土は名字即乃至究竟即等とは、何れの経論釈に出でたるや。又穢土に於ては法華経等・教主釈尊等を捨閉閣抛し、浄土に至りて法華経を悟るべしとは何れの経文に出でたるや。
弁成の立つ。余の法華等の諸行等を捨閉閣抛して念仏を用ゆる文は観経に云く ̄仏告阿難汝好持是語。持是語者即是持無量寿仏名〔仏、阿難に告げたまはく、汝よくこの語を持て。この語を持てとは、即ちこれ無量寿仏の名を持てとなり〕。浄土に往生して法華を聞くと云ふ事は文に云く_観世音・大勢至 以大悲音声為其広説諸法実相除滅罪法。聞已歓喜応時即発菩提之心〔観世音・大勢至、大悲の音声を以て其の為に広く諸法実相除滅罪の法を説く。聞き已りて歓喜し、時に応じて即ち菩提之心を発す〕と。[文]。余は繁き故に且く之を置く。
又日蓮難じて云く 観無量寿経は如来成道四十余年之内也。法華経は後八箇年之説也。如何が已説の観経に兼ねて未説の法華経の名を載せて捨閉閣抛之可説と為すべきや。随て仏告阿難等之文に至りては、只弥陀念仏を勧進する文也。未だ法華経を捨閉閣抛することを聞かず。何に況んや無量義経に法華経を説んが為に、先づ四十余年の已説の経々を未顕真実と定め了んぬ。豈に未顕真実の観経之内に已顕真実の法華経を挙げて、捨乃至抛之と為すべきや。又云く_久黙斯要 不務速説〔久しく斯の要を黙して 務いで速かに説かず〕等云云。既に教主釈尊、四十余年之間法華の名字を説かず。何ぞ已説の念仏に対して此の法華経を抛たんや。次に下品下生諸法実相除滅罪法等云云。夫れ法華経已前の実相其の数一に非ず。先づ外道之内の長爪の実相、内道之内の小乗乃至爾前の四教、皆所詮之理は実相也。何ぞ必ずしも已説の観経に載する所の実相のみ法華経に於て同じと意得らるべきや。今度慥かなる証文を出だして法然上人の無間之苦を救はるべきか。
又弁成之立つ。観経は已説の経也と雖も、未来を面とする故に未来の衆生は未来に所有の経巻之を読誦して浄土に往生すべし。既に法華等の諸経未来流布の故に之を読誦して往生すべきか。其の法華を捨閉閣抛し、観経の持無量寿仏の文に依て法然是の如く行じ給ふか。観経の持無量寿仏の文の上に諸善を説き、一向に無量寿仏を勧持せる故に申し合わせ候。実相に於ても多く有りと云ふ難。彼は浄土の故に此の難来るべからず。法然上人、聖道行は機堪へ難き故に未来流布の法華を捨閉閣抛す。故に是の慈悲の至進なれば此の慈悲を以て浄土に往生し、全く地獄に堕すべからざるか。
日蓮難じて云く 観経を已説の経也と云云。已説に於ては承伏か。観経之時未だ法華経を説かずと雖も未来を鑒みて捨閉閣抛すべしと法然上人は意得給ふか云云。仏未来を鑒みて已説之経に未来の経を載せて之を制止すと云はば、已説の小乗経に未説の大乗経を載せて之を制止すと為すべきか。又已説の権大乗経に未説の実大乗経を載せて未来流布の法華経を制止せば、何が故に仏爾前経に於て法華の名を載せざる由、仏之を説きたまふや。法然上人慈悲之事。慈悲之故に法華経と教主釈尊とを抛つ也と云ふは、所詮上に出だす所の証文は未だ分明ならず。慥かなる証文を出だして、法然上人の極苦を救はるべきか。上の六品の諸行往生を下の三品の念仏に対して諸行を捨つ。豈に法華を捨つるに非ず等云云。観無量寿経の上の六品之諸行は法華已前の諸行也。設ひ下の三品の念仏に対して上の六品の諸行之を抛つとも、但法華経は諸行に入らず。何ぞ之を閣かんや。又法華の意は爾前の諸行と観経の念仏と、共に之を捨て畢りて如来出世の本懐を遂げ給ふ也。日蓮管見を以て一代聖教竝びに法華経之文を勘ふるに 未だ之を見ず、法華経之名を挙げて、或は之を抛て、或は其の文を閉じる等と云ふ事を。若し爾らば法然上人の憑む所の弥陀本願之誓文竝びに法華経之入阿鼻獄の釈尊の誡文、如何ぞ之を免るべけんや。法然上人無間獄に堕せば所化の弟子竝びに諸檀那等、共に阿鼻大城に堕ち了んぬか。今度分明なる証文を出だして法然上人之阿鼻之炎を消さるべし云云。
文永九年[太歳壬申正月十七日 日 蓮 花押
弁成花押
<中略>
弁成の立つ。我が身叶ひ難きが故に且く聖道の行の捨閉閣抛し浄土に帰し、浄土の往生して法華を聞いて無生を悟るを得る也。
日蓮難じて云く 我が身叶ひ難ければ穢土に於て法華経等・教主釈尊等を捨閉閣抛し、浄土に至りて之を悟るべし等云云。何れの経文に依て此の如き義を立てるや。又天台宗の報土は分真即・究竟即・浄土宗の報土は名字即乃至究竟即等とは、何れの経論釈に出でたるや。又穢土に於ては法華経等・教主釈尊等を捨閉閣抛し、浄土に至りて法華経を悟るべしとは何れの経文に出でたるや。
弁成の立つ。余の法華等の諸行等を捨閉閣抛して念仏を用ゆる文は観経に云く ̄仏告阿難汝好持是語。持是語者即是持無量寿仏名〔仏、阿難に告げたまはく、汝よくこの語を持て。この語を持てとは、即ちこれ無量寿仏の名を持てとなり〕。浄土に往生して法華を聞くと云ふ事は文に云く_観世音・大勢至 以大悲音声為其広説諸法実相除滅罪法。聞已歓喜応時即発菩提之心〔観世音・大勢至、大悲の音声を以て其の為に広く諸法実相除滅罪の法を説く。聞き已りて歓喜し、時に応じて即ち菩提之心を発す〕と。[文]。余は繁き故に且く之を置く。
又日蓮難じて云く 観無量寿経は如来成道四十余年之内也。法華経は後八箇年之説也。如何が已説の観経に兼ねて未説の法華経の名を載せて捨閉閣抛之可説と為すべきや。随て仏告阿難等之文に至りては、只弥陀念仏を勧進する文也。未だ法華経を捨閉閣抛することを聞かず。何に況んや無量義経に法華経を説んが為に、先づ四十余年の已説の経々を未顕真実と定め了んぬ。豈に未顕真実の観経之内に已顕真実の法華経を挙げて、捨乃至抛之と為すべきや。又云く_久黙斯要 不務速説〔久しく斯の要を黙して 務いで速かに説かず〕等云云。既に教主釈尊、四十余年之間法華の名字を説かず。何ぞ已説の念仏に対して此の法華経を抛たんや。次に下品下生諸法実相除滅罪法等云云。夫れ法華経已前の実相其の数一に非ず。先づ外道之内の長爪の実相、内道之内の小乗乃至爾前の四教、皆所詮之理は実相也。何ぞ必ずしも已説の観経に載する所の実相のみ法華経に於て同じと意得らるべきや。今度慥かなる証文を出だして法然上人の無間之苦を救はるべきか。
又弁成之立つ。観経は已説の経也と雖も、未来を面とする故に未来の衆生は未来に所有の経巻之を読誦して浄土に往生すべし。既に法華等の諸経未来流布の故に之を読誦して往生すべきか。其の法華を捨閉閣抛し、観経の持無量寿仏の文に依て法然是の如く行じ給ふか。観経の持無量寿仏の文の上に諸善を説き、一向に無量寿仏を勧持せる故に申し合わせ候。実相に於ても多く有りと云ふ難。彼は浄土の故に此の難来るべからず。法然上人、聖道行は機堪へ難き故に未来流布の法華を捨閉閣抛す。故に是の慈悲の至進なれば此の慈悲を以て浄土に往生し、全く地獄に堕すべからざるか。
日蓮難じて云く 観経を已説の経也と云云。已説に於ては承伏か。観経之時未だ法華経を説かずと雖も未来を鑒みて捨閉閣抛すべしと法然上人は意得給ふか云云。仏未来を鑒みて已説之経に未来の経を載せて之を制止すと云はば、已説の小乗経に未説の大乗経を載せて之を制止すと為すべきか。又已説の権大乗経に未説の実大乗経を載せて未来流布の法華経を制止せば、何が故に仏爾前経に於て法華の名を載せざる由、仏之を説きたまふや。法然上人慈悲之事。慈悲之故に法華経と教主釈尊とを抛つ也と云ふは、所詮上に出だす所の証文は未だ分明ならず。慥かなる証文を出だして、法然上人の極苦を救はるべきか。上の六品の諸行往生を下の三品の念仏に対して諸行を捨つ。豈に法華を捨つるに非ず等云云。観無量寿経の上の六品之諸行は法華已前の諸行也。設ひ下の三品の念仏に対して上の六品の諸行之を抛つとも、但法華経は諸行に入らず。何ぞ之を閣かんや。又法華の意は爾前の諸行と観経の念仏と、共に之を捨て畢りて如来出世の本懐を遂げ給ふ也。日蓮管見を以て一代聖教竝びに法華経之文を勘ふるに 未だ之を見ず、法華経之名を挙げて、或は之を抛て、或は其の文を閉じる等と云ふ事を。若し爾らば法然上人の憑む所の弥陀本願之誓文竝びに法華経之入阿鼻獄の釈尊の誡文、如何ぞ之を免るべけんや。法然上人無間獄に堕せば所化の弟子竝びに諸檀那等、共に阿鼻大城に堕ち了んぬか。今度分明なる証文を出だして法然上人之阿鼻之炎を消さるべし云云。
文永九年[太歳壬申正月十七日 日 蓮 花押
弁成花押
念仏は無間地獄に堕ちること(5)
当世念仏者無間地獄事 文永元年
安房国長狭郡東条花房の郷、蓮華寺に於て、浄円房に対して、日蓮阿闍梨、之を註す。文永元年甲子九月二十二日。
問て云く 当世の念仏者、無間地獄と云ふ事。其の故、如何。
答て云く 法然之選択に就いて云ふ也。
問て云く 其の選択の意、如何。
答て云く 後鳥羽院の天下を治む、建仁年中、日本国に一の彗星を出せり。名を源空法然と曰ふ。選択一巻を記して六十余紙に及べり。科段を十六に分かつ。第一段の意は、道綽禅師の安楽集に依て聖道・浄土の名目を立つ。其の聖道門とは、浄土の三部経等を除いて、自余の大小乗の一切経、殊には朝家帰依之真言等の八宗の名目、之を挙げて聖道門と名づく。此の諸経・諸仏・諸宗は、正像之機に値ふと雖も、末法に入て之を行ぜん者、一人も生死を離るべからずと云云。又、曇鸞法師の往生論註に依て、難易の二行を立つ。
第二段の意は、善導和尚の五部九巻の書に依て正雑二行を立つ。其の雑行とは、道綽の聖道門の料簡の如し。又此の雑行は、末法に入ては往生を得る者、千中無一〔千の中に一も無き〕也。下の十四段には、或は聖道・難行・雑行をば、小善根・随他意・有上功徳等と名づけ、念仏等を以ては、大善根・随自意・無上功徳等と名づけ、念仏に対して末代の凡夫、此れを捨てよ、此の門を閉ぢよ、之を閣けよ、之を抛てよ等の四字を以て之を制しす。
而るに日本国中の無智の道俗を始め、大風に草木の従ふが如く、皆此の義に随て、忽ちに法華・真言等に随喜之意を止め、建立の思ひを廃す。而る間、人毎に平形の念珠を以て弥陀の名号を唱へ、或は毎日三万遍・六万遍・四十八万遍・百満遍等唱ふる間、又他の善根も無く、念仏堂を造ること、稲麻竹葦の如し。結句は法華・真言等の智者とおぼしき人人も、皆、或は帰依を受けんが為、或は往生極楽の為、皆本宗を捨て念仏者となり、或は本宗ながら念仏の法門を仰げる也。
今云く 日本国中の四衆の人人は、形は異なり替わると雖も、意根は皆一法を行じて悉く西方の往生を期す。仏法繁盛の国と見えたる処に一の大なる疑ひを発すことは、念仏宗の亀鏡と仰ぐべき智者達、念仏宗の大檀那為る大名・小名、並びに有徳の者、多分は臨終思ふ如くならざる之由、之を聞き、之を見る。
而るに善導和尚、十即十生と定め、十遍乃至一生之間の念仏者は一人も漏れず、往生を遂ぐべしと見えたり。人の臨終と、善導の釈とは水火也。爰に念仏者、会して云く ̄、往生に四つ在り。一には意念往生、般舟三昧経に出でたり。二には正念往生、阿弥陀経に出でたり。三には無記往生、群疑論に出でたり。四には狂乱往生、観経の下品下生に出でたり。
詰めて曰く 此の中の意・正の二、且く之を置く。無記往生は何れの経論に依て懐咸禅師、之を書かる哉。経論に之無くば、信用取り難し。第四の狂乱往生とは、引証は観経の下品下生の文なり。第一に悪人臨終之時、妙法を覚れる善知識に値ひて覚る所の諸法実相を説かしめて、之を聞きて正念存じ難く、十悪・五逆・具諸不善の苦に逼められて、妙法を覚ることを得ざれば、善知識、実相の初門と為る故に、称名して阿弥陀仏を念ぜよと云ふに、音を揚げて唱へ了ぬ。此れは苦痛に堪へ難くして正念を失ふ。狂乱之者に非ざる歟。狂乱之者、争でか十念を唱ふべき。例せば正念往生の所摂也。全く狂乱の往生には例すべからず。
而るに汝等が本師と仰ぐ所の善導和尚は、此の文を受けて転教口称とは云ふとも狂乱往生とは云はず。其の上汝等が昼夜十二時祈る所の願文に云く 願はくは弟子等、命終の時に臨んで、心、顛倒せず、心、錯乱せず、心、失念せず、身心、諸の苦痛無く、身心の快楽、禅定に入るが如し等云云。此の中に錯乱とは、狂乱歟。而るに十悪・五逆を作らざる当世の念仏の上人達、並びに大檀那等の臨終の悪瘡等の諸の悪重病、並びに臨終の狂乱は、意得ざる事也。-
而るに善導和尚の十即十生と定め、又、定得往生等の釈の如きは、疑ひ無き之処、十人に九人、往生すと雖も、猶お不審発るべし。何に況んや念仏宗の長者たる、善慧・隆観・聖光・薩生・南無・真光等、皆、悪瘡等の重病を受けて、臨終に狂乱して死する之由、之を聞き、又、之を知る。其れ已下の念仏者の臨終の狂乱、其の数を知らず。善導和尚の定むる所の十即十生は闕けて、嫌へる所の千中無一と成らんぬ。無一と定められし法華・真言の行者は、粗、臨終正念なる由、之を聞けり。
念仏法門に於ては、正像末之中、には末法に殊に流布すべし。利根鈍根・善人悪人・持戒破戒等の中には、鈍根・悪人・破戒等、殊に往生すべしと見えたり。故に道綽禅師は唯有浄土一門と書かれ、善導和尚は十即十生と定め、往生要集には濁世末代の目足と云へり。念仏は、時機已に叶へり。行ぜん者、空しかるべからざる之処に、是の如きの相違は大なる疑ひ也。若し、之に依て本願を疑はゞ、仏説を疑ふに成らんぬ。進退惟れ谷まれり。此の疑ひを以て念仏宗の先達並びに聖道の先達に之を尋ぬるに一人として答ふる人、之無し。
念仏者、救ひて云く 汝は法然上人の捨閉閣抛の四字を謗法と過(とかたる)歟。汝が小智の及ばざる所也。故に、上人、此の四字を私に之を書くと思へる歟。源(もと)、曇鸞・道綽・善導之三師の釈より、之出でたり。三師の釈、又、私に非ず。源(もと)浄土三部経・龍樹菩薩の十住毘婆沙論より出づ。双観経の上巻に云く_設我仏得乃至十念〔設ひ我、仏を得。乃至、十念〕等云云。第十九の願に云く_設我得仏修諸功徳発菩提心〔設ひ我、仏を得、諸の功徳を修め、菩提心を発す〕等云云。下巻に云く_乃至一念等云云。第十八願の成就の文也。又下巻に云く_其上輩者一向専念、其中輩者一向専念、其下輩者一向専念〔其の上輩は一向専念、其の中輩は一向専念、其の下輩は一向専念〕と云云。此れは十九願の成就の文也。
観無量寿経に云く_仏告阿難汝好持是語。是語持者即是持無量寿仏名〔仏阿難に告げたまわく、汝好く是の語を持て。是の語を持つ者は、即ち是れ無量寿仏の名を持つ〕等云云。阿弥陀経に云く_不可以小善根。乃至一日七日〔小善根を以てすべからず。乃至、一日、七日〕等云云。
先づ双観経の意は、念仏往生・諸行往生と説けども、一向専念と云ひて、諸行往生を捨て了ぬ。故に弥勒の付嘱には一向に、念仏を付属し了ぬ。観無量寿経の十六観も上の十五の観は諸行往生・下輩の一観の三品は、念仏往生也。仏、阿難尊者に念仏を付属するは、諸行を捨つるい意也。阿弥陀経には、双観経の諸行・観無量寿経の前十五観を束ねて小善根と名づけ、往生を得ざる之法と定め畢んぬ。双観経には念仏をば無上功徳と名づけて、弥勒に付属し、観経には、念仏をば芬陀利華と名づけて阿難に付属し、阿弥陀経には念仏を場大善根と名づけて舎利弗に付属す。終りの付属は、一経の肝心を付属する也。又、一経の名を付属する也。三部経には諸の善根多しと雖も、その中に念仏最も也。故に題目には無量寿経・観無量寿経・阿弥陀経等と云へり。釈摩訶衍論・法華論等の論を以て、之を勘ふるに、一切経の初めには必ず南無の二字有り。梵本を以て之を言はゞ、三部経の題目には南無、之れ有り。双観経の修諸の二字に、念仏より外の八幡聖教残るべからず。観無量寿経の三福九品等の読誦大乗の一句に一切経残るべからず。阿弥陀経の念仏の大善根に対する小善根之語に法華経等、漏るべき哉。總じて浄土の三部経之意は、行者の意楽に随はんが為に、暫く諸行を挙ぐと雖も、再び念仏に対する時は、諸行の文を閉ぢて、捨閉閣抛する事顕然也。
例せば法華経を説かんが為に無量義経を説く之時に、四十余年の経を捨てゝ法華之門を開くが如し。龍樹菩薩、十住毘婆沙論を造りて一代聖教を難易の二道に分かてり。難行道とは、三部経の外の諸行也。易行道とは念仏也。経論、此の如く分明なりと雖も、震旦の人師、此の義を知らず。唯、善導一師のみ此義を発得せり。
所以に双観経の三輩を観念法門に書きて云く ̄一切衆生根性不同有上中下。随其根性仏皆勧専念無量寿仏名〔一切衆生根性不同にして上中下あり、其の根性に随つて仏皆無量寿仏の名を専念することを勧む〕等云云。此の文の意は、発菩提心修諸功徳〔菩提心を発して、諸の功徳を修む〕等の諸行は、他力本願之念仏に値はざりし以前に修する事よと、有りけるを、忽ちに之を捨てよと云ふとも、行者用ふべからず。故に暫く諸行を許す也。実には念仏を離れて諸行を以て往生を遂ぐる者、之無しと書きし也。観無量寿経の_仏告阿難等の文を、善導の疏の四に之を受けて曰く ̄上来、定散両門を説くと雖も、仏の本願に望むれば、意、衆生をして一向に専ら弥陀仏の名を称せしむるに在〔上来、定散両門の益を説くと雖も、仏の本願に望むれば、意、衆生をして一向に専ら弥陀仏の名を称せしむるに在り〕云云。定散とは八万の権実、顕密の諸経を尽くして、之を摂して念仏に対して之を捨てる也。善導の法事讃に阿弥陀経の大小善根の故を釈して云く ̄極楽無為涅槃界。随縁雑善恐難生。故使如来選要法教念弥陀専修〔極楽は無為涅槃界なり。随縁の雑善、恐らくは生じ難し。故に、如来、要法を選びて、弥陀を念ずることを教へて、専らに修せしむ〕等云云。諸師の中に、三部経之意を得たる人は但導一人のみなり。
如来之三部経に於ては、是の如く有れども、正法・像法之時は、根機、猶ほ利根の故に、諸行往生の機も之有りける歟。然るに、機根衰へて末法と成る間、諸行の機、漸く失せて念仏之機と成れり。更に阿弥陀如来は善導和尚と生れて震旦に此の義を顕し、和尚、日本に生れて初めは叡山に入りて修行し、後には叡山を出でゝ一向に専修念仏して三部経の意を顕し給ひし也。汝、捨閉閣抛之四字を謗法と過(とが)むること、未だ導和尚之釈、竝びに三部経の文を窺はざる歟。狗の雷を齧むが如く、地獄の業を増す。汝、知らずんば浄土家の智者に問へ。
不審して云く 上の所立之義を以て、法然之捨閉閣抛の謗言を救ふか。
実に浄土の三師並びに龍樹菩薩、仏説により此の三部経之文を開くに、念仏に対して諸行を傍と為す事、粗、経文に、之見えたり。経文に嫌はれし程の諸行、念仏に対して之を嫌ふこと、過むべきに非ず。但、不審なる之処は、双観経の念仏已外之諸行、観無量寿経の念仏已外之定散、阿弥陀経の念仏之外の小善根之中に、法華・涅槃・大日経等の極大乗経を入れ、念仏に対して不往生之善根ぞと仏の嫌はせ給ひけるを、龍樹菩薩三師、並びに法然、之を嫌はゞ、何の失有らん。但、三部経之小善根等之句に、法華・涅槃・大日経等、入るべしとも覚えざるは、三師並びに法然之釈を用ひざる也。無量義経の如きは、四十余年未顕真実と説き、法華八箇年を除きて、已前四十二年に、説く所の大小権実の諸経は、一字一点も未顕真実の語に漏るべしとも覚えず。
加之、四十二年之間に説く所の阿含・方等・般若・華厳の名目、之を出せり。既に大小の諸経を出して生滅無常を説ける諸の小乗経を阿含之句に摂し、三無差別の法門を説ける諸大乗経を華厳海空之句に摂し、十八空等を説ける諸大乗経を般若之句に摂し、弾訶の意を説ける諸大乗経を方等之句に摂す。
是の如く年限を指し、経の題目を挙げたる無量義経に依て、法華経に対して諸経を嫌ひ、嫌へる所之諸経に依れる、諸宗を下すこと、天台大師の私に非ず。汝等が浄土の三部経之中には念仏に対して諸行を嫌ふ文は之れ有れども、嫌はざる諸行は、浄土の三部経より之外の五十年の諸経也と云ふ現文は、之無し。
又、無量義経の如く、阿含・方等・般若・華厳等をも挙げず。誰か知る、三部経には諸の小乗経、並びに歴劫修行の諸経等の諸行を、仏、小善根と名づけ給ふと云ふ事を。左右無く、念仏より之外の諸行を小善等と云へるを、法華・涅槃等の一代の教也と打ち定めて、捨閉閣抛の四字を置きては、仏意に背く覧と不審する計り也。
例せば王の所従には人之中、諸国の中の凡下等、一人も残るべからず。民が所従には、諸人、諸国の主は入るべからざるが如し。
誠に浄土の三部経等が、一代超過之経ならば、五十年の諸経を嫌ふも、其の謂れ、之れ有りなん。三部経之文より事起こりて、一代を摂すべきとは見えず。但、一機一縁の小事也。末代に於て之を行ぜん者は、千中無一と定むるは、近くは依経に背き、遠くは仏意に違ふ者也。
但し、龍樹の十住毘婆沙論の難行の中に、法華・真言等を入ると云ふは、論文に分明に之れ有り耶。設ひ論文に之れ有れども、慥かなる経文、之無くば、不審之内也。龍樹菩薩は権大乗の論師為りし時の論なる歟。又、訳者の入れたる歟と意得べし。
其の故は、仏は無量義経に四十余年は難行道、無量義経は易行道と定め給ふ事、金口の明鏡也。龍樹菩薩、仏の記文に当たりて出世し、諸経之意を演ぶ。豈に仏説なる難易の二道を破りて、私に難易の二道を立てん耶。
随て、十住毘婆沙論の一部始中終を開くに、全く法華経を難行之中に入れたる文、之無し。只、華厳経之十地を釈するに、第二地に至り畢わりて宣べず。又、此の論に諸経の歴劫修行之旨を挙ぐるに、菩薩、難行道に出し、二乗地に堕して、永不成仏之思ひを成す由、見えたり。法華已前の論なる事疑ひ無し。
龍樹菩薩の意を知らずして、此の論の難行之中に法華・真言を入れたりと料簡する歟。浄土の三師に於ては、書釈を見るに、難行・雑行・聖道之中に、法華経を入れたる意、粗、之れ有り。然りと雖も、法然が如き放言の事、之無し。
加之、仏法を弘めん輩は、教・機・時・国・教法流布の前後を【てへん+僉】む歟。如来在世に、前の四十余年には、大小を説くと雖も、説時未至故〔説くとき未だ至らざる故に〕本懐を演べたまはず。機、有りと雖も、時無ければ大法を説きたまはず。霊山八年之間、誰か機にあらざる。時も来る故に、本懐を演べたまふに、権機移りて実機と成る。法華経の流通並びに涅槃経には実教を前とし、権教を後とすべき之由、見えたり。在世には、実を隠して権を前にす。滅後には実を前として権を後と為すべし。道理顕然也。
然りと雖も、天竺国には正法一千年之間は外道有り。一向小乗の国有り、又、一向大乗の国有り。又、大小兼学の国有り。漢土に仏法渡りても、又、天竺の如し。日本国に於ては、外道も無く、小乗之機も無く、唯、大乗の機のみ有り。大乗に於ても法華より之外の機無し。但し、仏法日本に渡り始めし時、暫く小乗の三宗、権大乗の三宗を弘むと雖も、桓武の御宇に、伝教大師の御時、六宗の情を破りて天台宗と成りぬ。倶舎・成実・律の三宗の学者も、彼の教の如く七賢・三道を経て見思を談じ、二乗と成らんとは思はず。只、彼の宗を習ひて、大乗の初門と為し、彼の極を得んとは思はず。権大乗の三宗を習へる者も、五性各別等の宗義を捨てゝ、一念三千、五輪等の妙観を窺ふ大小・権実を知らざる在家の檀那等も、一向に法華・真言の学者の教えに随て之を供養する間、日本一州は、印度・震旦には似ず、一向純円之機也。
恐らくは、霊山八年之機の如し。之を以て之を思ふに、浄土の三師は、震旦の権大乗の機に超えず。法然に於ては、純円之機、純円之教、純円之国を知らず。権大乗の一分為る観経等の念仏を、権実をも弁へず、震旦の三師之釈、之を以て此の国に流布せしめ、実機に権法を授け、純円の国を権教の国と成し、醍醐を嘗める者に蘇味与ふるの失、誠に甚だ多し。
日 蓮花押
安房国長狭郡東条花房の郷、蓮華寺に於て、浄円房に対して、日蓮阿闍梨、之を註す。文永元年甲子九月二十二日。
問て云く 当世の念仏者、無間地獄と云ふ事。其の故、如何。
答て云く 法然之選択に就いて云ふ也。
問て云く 其の選択の意、如何。
答て云く 後鳥羽院の天下を治む、建仁年中、日本国に一の彗星を出せり。名を源空法然と曰ふ。選択一巻を記して六十余紙に及べり。科段を十六に分かつ。第一段の意は、道綽禅師の安楽集に依て聖道・浄土の名目を立つ。其の聖道門とは、浄土の三部経等を除いて、自余の大小乗の一切経、殊には朝家帰依之真言等の八宗の名目、之を挙げて聖道門と名づく。此の諸経・諸仏・諸宗は、正像之機に値ふと雖も、末法に入て之を行ぜん者、一人も生死を離るべからずと云云。又、曇鸞法師の往生論註に依て、難易の二行を立つ。
第二段の意は、善導和尚の五部九巻の書に依て正雑二行を立つ。其の雑行とは、道綽の聖道門の料簡の如し。又此の雑行は、末法に入ては往生を得る者、千中無一〔千の中に一も無き〕也。下の十四段には、或は聖道・難行・雑行をば、小善根・随他意・有上功徳等と名づけ、念仏等を以ては、大善根・随自意・無上功徳等と名づけ、念仏に対して末代の凡夫、此れを捨てよ、此の門を閉ぢよ、之を閣けよ、之を抛てよ等の四字を以て之を制しす。
而るに日本国中の無智の道俗を始め、大風に草木の従ふが如く、皆此の義に随て、忽ちに法華・真言等に随喜之意を止め、建立の思ひを廃す。而る間、人毎に平形の念珠を以て弥陀の名号を唱へ、或は毎日三万遍・六万遍・四十八万遍・百満遍等唱ふる間、又他の善根も無く、念仏堂を造ること、稲麻竹葦の如し。結句は法華・真言等の智者とおぼしき人人も、皆、或は帰依を受けんが為、或は往生極楽の為、皆本宗を捨て念仏者となり、或は本宗ながら念仏の法門を仰げる也。
今云く 日本国中の四衆の人人は、形は異なり替わると雖も、意根は皆一法を行じて悉く西方の往生を期す。仏法繁盛の国と見えたる処に一の大なる疑ひを発すことは、念仏宗の亀鏡と仰ぐべき智者達、念仏宗の大檀那為る大名・小名、並びに有徳の者、多分は臨終思ふ如くならざる之由、之を聞き、之を見る。
而るに善導和尚、十即十生と定め、十遍乃至一生之間の念仏者は一人も漏れず、往生を遂ぐべしと見えたり。人の臨終と、善導の釈とは水火也。爰に念仏者、会して云く ̄、往生に四つ在り。一には意念往生、般舟三昧経に出でたり。二には正念往生、阿弥陀経に出でたり。三には無記往生、群疑論に出でたり。四には狂乱往生、観経の下品下生に出でたり。
詰めて曰く 此の中の意・正の二、且く之を置く。無記往生は何れの経論に依て懐咸禅師、之を書かる哉。経論に之無くば、信用取り難し。第四の狂乱往生とは、引証は観経の下品下生の文なり。第一に悪人臨終之時、妙法を覚れる善知識に値ひて覚る所の諸法実相を説かしめて、之を聞きて正念存じ難く、十悪・五逆・具諸不善の苦に逼められて、妙法を覚ることを得ざれば、善知識、実相の初門と為る故に、称名して阿弥陀仏を念ぜよと云ふに、音を揚げて唱へ了ぬ。此れは苦痛に堪へ難くして正念を失ふ。狂乱之者に非ざる歟。狂乱之者、争でか十念を唱ふべき。例せば正念往生の所摂也。全く狂乱の往生には例すべからず。
而るに汝等が本師と仰ぐ所の善導和尚は、此の文を受けて転教口称とは云ふとも狂乱往生とは云はず。其の上汝等が昼夜十二時祈る所の願文に云く 願はくは弟子等、命終の時に臨んで、心、顛倒せず、心、錯乱せず、心、失念せず、身心、諸の苦痛無く、身心の快楽、禅定に入るが如し等云云。此の中に錯乱とは、狂乱歟。而るに十悪・五逆を作らざる当世の念仏の上人達、並びに大檀那等の臨終の悪瘡等の諸の悪重病、並びに臨終の狂乱は、意得ざる事也。-
而るに善導和尚の十即十生と定め、又、定得往生等の釈の如きは、疑ひ無き之処、十人に九人、往生すと雖も、猶お不審発るべし。何に況んや念仏宗の長者たる、善慧・隆観・聖光・薩生・南無・真光等、皆、悪瘡等の重病を受けて、臨終に狂乱して死する之由、之を聞き、又、之を知る。其れ已下の念仏者の臨終の狂乱、其の数を知らず。善導和尚の定むる所の十即十生は闕けて、嫌へる所の千中無一と成らんぬ。無一と定められし法華・真言の行者は、粗、臨終正念なる由、之を聞けり。
念仏法門に於ては、正像末之中、には末法に殊に流布すべし。利根鈍根・善人悪人・持戒破戒等の中には、鈍根・悪人・破戒等、殊に往生すべしと見えたり。故に道綽禅師は唯有浄土一門と書かれ、善導和尚は十即十生と定め、往生要集には濁世末代の目足と云へり。念仏は、時機已に叶へり。行ぜん者、空しかるべからざる之処に、是の如きの相違は大なる疑ひ也。若し、之に依て本願を疑はゞ、仏説を疑ふに成らんぬ。進退惟れ谷まれり。此の疑ひを以て念仏宗の先達並びに聖道の先達に之を尋ぬるに一人として答ふる人、之無し。
念仏者、救ひて云く 汝は法然上人の捨閉閣抛の四字を謗法と過(とかたる)歟。汝が小智の及ばざる所也。故に、上人、此の四字を私に之を書くと思へる歟。源(もと)、曇鸞・道綽・善導之三師の釈より、之出でたり。三師の釈、又、私に非ず。源(もと)浄土三部経・龍樹菩薩の十住毘婆沙論より出づ。双観経の上巻に云く_設我仏得乃至十念〔設ひ我、仏を得。乃至、十念〕等云云。第十九の願に云く_設我得仏修諸功徳発菩提心〔設ひ我、仏を得、諸の功徳を修め、菩提心を発す〕等云云。下巻に云く_乃至一念等云云。第十八願の成就の文也。又下巻に云く_其上輩者一向専念、其中輩者一向専念、其下輩者一向専念〔其の上輩は一向専念、其の中輩は一向専念、其の下輩は一向専念〕と云云。此れは十九願の成就の文也。
観無量寿経に云く_仏告阿難汝好持是語。是語持者即是持無量寿仏名〔仏阿難に告げたまわく、汝好く是の語を持て。是の語を持つ者は、即ち是れ無量寿仏の名を持つ〕等云云。阿弥陀経に云く_不可以小善根。乃至一日七日〔小善根を以てすべからず。乃至、一日、七日〕等云云。
先づ双観経の意は、念仏往生・諸行往生と説けども、一向専念と云ひて、諸行往生を捨て了ぬ。故に弥勒の付嘱には一向に、念仏を付属し了ぬ。観無量寿経の十六観も上の十五の観は諸行往生・下輩の一観の三品は、念仏往生也。仏、阿難尊者に念仏を付属するは、諸行を捨つるい意也。阿弥陀経には、双観経の諸行・観無量寿経の前十五観を束ねて小善根と名づけ、往生を得ざる之法と定め畢んぬ。双観経には念仏をば無上功徳と名づけて、弥勒に付属し、観経には、念仏をば芬陀利華と名づけて阿難に付属し、阿弥陀経には念仏を場大善根と名づけて舎利弗に付属す。終りの付属は、一経の肝心を付属する也。又、一経の名を付属する也。三部経には諸の善根多しと雖も、その中に念仏最も也。故に題目には無量寿経・観無量寿経・阿弥陀経等と云へり。釈摩訶衍論・法華論等の論を以て、之を勘ふるに、一切経の初めには必ず南無の二字有り。梵本を以て之を言はゞ、三部経の題目には南無、之れ有り。双観経の修諸の二字に、念仏より外の八幡聖教残るべからず。観無量寿経の三福九品等の読誦大乗の一句に一切経残るべからず。阿弥陀経の念仏の大善根に対する小善根之語に法華経等、漏るべき哉。總じて浄土の三部経之意は、行者の意楽に随はんが為に、暫く諸行を挙ぐと雖も、再び念仏に対する時は、諸行の文を閉ぢて、捨閉閣抛する事顕然也。
例せば法華経を説かんが為に無量義経を説く之時に、四十余年の経を捨てゝ法華之門を開くが如し。龍樹菩薩、十住毘婆沙論を造りて一代聖教を難易の二道に分かてり。難行道とは、三部経の外の諸行也。易行道とは念仏也。経論、此の如く分明なりと雖も、震旦の人師、此の義を知らず。唯、善導一師のみ此義を発得せり。
所以に双観経の三輩を観念法門に書きて云く ̄一切衆生根性不同有上中下。随其根性仏皆勧専念無量寿仏名〔一切衆生根性不同にして上中下あり、其の根性に随つて仏皆無量寿仏の名を専念することを勧む〕等云云。此の文の意は、発菩提心修諸功徳〔菩提心を発して、諸の功徳を修む〕等の諸行は、他力本願之念仏に値はざりし以前に修する事よと、有りけるを、忽ちに之を捨てよと云ふとも、行者用ふべからず。故に暫く諸行を許す也。実には念仏を離れて諸行を以て往生を遂ぐる者、之無しと書きし也。観無量寿経の_仏告阿難等の文を、善導の疏の四に之を受けて曰く ̄上来、定散両門を説くと雖も、仏の本願に望むれば、意、衆生をして一向に専ら弥陀仏の名を称せしむるに在〔上来、定散両門の益を説くと雖も、仏の本願に望むれば、意、衆生をして一向に専ら弥陀仏の名を称せしむるに在り〕云云。定散とは八万の権実、顕密の諸経を尽くして、之を摂して念仏に対して之を捨てる也。善導の法事讃に阿弥陀経の大小善根の故を釈して云く ̄極楽無為涅槃界。随縁雑善恐難生。故使如来選要法教念弥陀専修〔極楽は無為涅槃界なり。随縁の雑善、恐らくは生じ難し。故に、如来、要法を選びて、弥陀を念ずることを教へて、専らに修せしむ〕等云云。諸師の中に、三部経之意を得たる人は但導一人のみなり。
如来之三部経に於ては、是の如く有れども、正法・像法之時は、根機、猶ほ利根の故に、諸行往生の機も之有りける歟。然るに、機根衰へて末法と成る間、諸行の機、漸く失せて念仏之機と成れり。更に阿弥陀如来は善導和尚と生れて震旦に此の義を顕し、和尚、日本に生れて初めは叡山に入りて修行し、後には叡山を出でゝ一向に専修念仏して三部経の意を顕し給ひし也。汝、捨閉閣抛之四字を謗法と過(とが)むること、未だ導和尚之釈、竝びに三部経の文を窺はざる歟。狗の雷を齧むが如く、地獄の業を増す。汝、知らずんば浄土家の智者に問へ。
不審して云く 上の所立之義を以て、法然之捨閉閣抛の謗言を救ふか。
実に浄土の三師並びに龍樹菩薩、仏説により此の三部経之文を開くに、念仏に対して諸行を傍と為す事、粗、経文に、之見えたり。経文に嫌はれし程の諸行、念仏に対して之を嫌ふこと、過むべきに非ず。但、不審なる之処は、双観経の念仏已外之諸行、観無量寿経の念仏已外之定散、阿弥陀経の念仏之外の小善根之中に、法華・涅槃・大日経等の極大乗経を入れ、念仏に対して不往生之善根ぞと仏の嫌はせ給ひけるを、龍樹菩薩三師、並びに法然、之を嫌はゞ、何の失有らん。但、三部経之小善根等之句に、法華・涅槃・大日経等、入るべしとも覚えざるは、三師並びに法然之釈を用ひざる也。無量義経の如きは、四十余年未顕真実と説き、法華八箇年を除きて、已前四十二年に、説く所の大小権実の諸経は、一字一点も未顕真実の語に漏るべしとも覚えず。
加之、四十二年之間に説く所の阿含・方等・般若・華厳の名目、之を出せり。既に大小の諸経を出して生滅無常を説ける諸の小乗経を阿含之句に摂し、三無差別の法門を説ける諸大乗経を華厳海空之句に摂し、十八空等を説ける諸大乗経を般若之句に摂し、弾訶の意を説ける諸大乗経を方等之句に摂す。
是の如く年限を指し、経の題目を挙げたる無量義経に依て、法華経に対して諸経を嫌ひ、嫌へる所之諸経に依れる、諸宗を下すこと、天台大師の私に非ず。汝等が浄土の三部経之中には念仏に対して諸行を嫌ふ文は之れ有れども、嫌はざる諸行は、浄土の三部経より之外の五十年の諸経也と云ふ現文は、之無し。
又、無量義経の如く、阿含・方等・般若・華厳等をも挙げず。誰か知る、三部経には諸の小乗経、並びに歴劫修行の諸経等の諸行を、仏、小善根と名づけ給ふと云ふ事を。左右無く、念仏より之外の諸行を小善等と云へるを、法華・涅槃等の一代の教也と打ち定めて、捨閉閣抛の四字を置きては、仏意に背く覧と不審する計り也。
例せば王の所従には人之中、諸国の中の凡下等、一人も残るべからず。民が所従には、諸人、諸国の主は入るべからざるが如し。
誠に浄土の三部経等が、一代超過之経ならば、五十年の諸経を嫌ふも、其の謂れ、之れ有りなん。三部経之文より事起こりて、一代を摂すべきとは見えず。但、一機一縁の小事也。末代に於て之を行ぜん者は、千中無一と定むるは、近くは依経に背き、遠くは仏意に違ふ者也。
但し、龍樹の十住毘婆沙論の難行の中に、法華・真言等を入ると云ふは、論文に分明に之れ有り耶。設ひ論文に之れ有れども、慥かなる経文、之無くば、不審之内也。龍樹菩薩は権大乗の論師為りし時の論なる歟。又、訳者の入れたる歟と意得べし。
其の故は、仏は無量義経に四十余年は難行道、無量義経は易行道と定め給ふ事、金口の明鏡也。龍樹菩薩、仏の記文に当たりて出世し、諸経之意を演ぶ。豈に仏説なる難易の二道を破りて、私に難易の二道を立てん耶。
随て、十住毘婆沙論の一部始中終を開くに、全く法華経を難行之中に入れたる文、之無し。只、華厳経之十地を釈するに、第二地に至り畢わりて宣べず。又、此の論に諸経の歴劫修行之旨を挙ぐるに、菩薩、難行道に出し、二乗地に堕して、永不成仏之思ひを成す由、見えたり。法華已前の論なる事疑ひ無し。
龍樹菩薩の意を知らずして、此の論の難行之中に法華・真言を入れたりと料簡する歟。浄土の三師に於ては、書釈を見るに、難行・雑行・聖道之中に、法華経を入れたる意、粗、之れ有り。然りと雖も、法然が如き放言の事、之無し。
加之、仏法を弘めん輩は、教・機・時・国・教法流布の前後を【てへん+僉】む歟。如来在世に、前の四十余年には、大小を説くと雖も、説時未至故〔説くとき未だ至らざる故に〕本懐を演べたまはず。機、有りと雖も、時無ければ大法を説きたまはず。霊山八年之間、誰か機にあらざる。時も来る故に、本懐を演べたまふに、権機移りて実機と成る。法華経の流通並びに涅槃経には実教を前とし、権教を後とすべき之由、見えたり。在世には、実を隠して権を前にす。滅後には実を前として権を後と為すべし。道理顕然也。
然りと雖も、天竺国には正法一千年之間は外道有り。一向小乗の国有り、又、一向大乗の国有り。又、大小兼学の国有り。漢土に仏法渡りても、又、天竺の如し。日本国に於ては、外道も無く、小乗之機も無く、唯、大乗の機のみ有り。大乗に於ても法華より之外の機無し。但し、仏法日本に渡り始めし時、暫く小乗の三宗、権大乗の三宗を弘むと雖も、桓武の御宇に、伝教大師の御時、六宗の情を破りて天台宗と成りぬ。倶舎・成実・律の三宗の学者も、彼の教の如く七賢・三道を経て見思を談じ、二乗と成らんとは思はず。只、彼の宗を習ひて、大乗の初門と為し、彼の極を得んとは思はず。権大乗の三宗を習へる者も、五性各別等の宗義を捨てゝ、一念三千、五輪等の妙観を窺ふ大小・権実を知らざる在家の檀那等も、一向に法華・真言の学者の教えに随て之を供養する間、日本一州は、印度・震旦には似ず、一向純円之機也。
恐らくは、霊山八年之機の如し。之を以て之を思ふに、浄土の三師は、震旦の権大乗の機に超えず。法然に於ては、純円之機、純円之教、純円之国を知らず。権大乗の一分為る観経等の念仏を、権実をも弁へず、震旦の三師之釈、之を以て此の国に流布せしめ、実機に権法を授け、純円の国を権教の国と成し、醍醐を嘗める者に蘇味与ふるの失、誠に甚だ多し。
日 蓮花押


