外道とは
善星比丘は仏の菩薩たりし時の子なり。仏に随い奉り、出家して十二部経を受け、欲界の煩悩を壊りて四禅定を獲得せり。然りと雖も悪知識たる苦得外道に値い、仏法の正義を信ぜざるに依て出家の受戒十二部経の功徳を失い生身に阿鼻地獄に堕す。
<中略>
外道は五通を得て能く山を傾け海を竭すとも神通無き阿含経の凡夫に及ばず。
『守護国家論』
天竺・震旦は外道が仏法をほろぼし、小乗が大乗をやぶるとみえたり。
<中略>
外道が小乗経を破するは、外道の理は常住なり、小乗経の理は無常なり、空なり。故に外道が小乗経を破するは謗法となる。
『顕謗法鈔』
さきに外道の法弘まれる国ならば仏法をもってこれをやぶるべし。仏の印度にいでて外道をやぶり、まとうか・ぢくほうらんの震旦に来て道士をせめ、上宮太子和国に生まれて守屋をきりしが如し。
『南条兵衛七郎殿御書』
外道は常楽我浄と立てしかば、仏、世にいでまさせ給いては苦空無常無我ととかせ給いき。
『十章抄』
二には月氏の外道。三目八臂の摩醯首羅天・毘紐天、此の二天をば一切衆生の慈父悲母、又天尊主君と号す。迦毘羅・・楼僧・{うるそうぎゃ}・勒娑婆、此の三人をば三仙となづく。此れ等は仏前八百年已前已後の仙人なり。此の三仙の所説を四韋陀と号す。六万蔵あり。乃至、仏出世に当て、六師外道此の外経を習伝して五天竺の王の師となる。支流九十五六等にもなれり。
一一に流流多くして、我慢の幢(はたほこ)高きこと非想天にもすぎ、執心の心の堅きこと金石にも超えたり。其の見の深きこと、巧みなるさま、儒家にはにるべくもなし。或は過去二生・三生・乃至七生・八万劫を照見し、又兼ねて未来八万劫をしる。其の所説の法門の極理は、 ̄或は因中有果、或は因中無果、或は因中亦有亦無果等云云。此れ外道の極理なり。所謂、善き外道は五戒・十善戒等を持て、有漏の禅定を修し、上色・無色をきわめ、上界を涅槃と立て屈歩虫のごとくせめのぼれども、非想天より返て三悪道に堕つ。一人として天に留まるものなし。而れども天を極むる者は永くかえらずとおもえり。各々自師の義をうけて堅く執するゆえに、或は冬寒に一日に三度恒河に浴し、或は髪をぬき、或は巌に身をなげ、或は身を火にあぶり、或は五処をやく。或は裸形、或は馬を多く殺せば福をう、或は草木をやき、或は一切の木を礼す。
此れ等の邪義、其の数をしらず。師を恭敬する事諸天の帝釈をうやまい、諸臣の皇帝を拝するがごとし。しかれども外道の法九十五種、善悪につけて一人も生死をはなれず。善師につかえては二生三生等に悪道に堕ち、悪師につかえては順次生に悪道に堕つ。外道の所詮は内道に入る、即ち最要なり。
或る外道云く ̄千年已後、仏出世す等云云。
或る外道云く ̄百年已後、仏出世す等云云。
大涅槃経に云く_一切世間外道経書皆是仏説非外道説〔一切世間の外道の経書は、皆是れ仏説にして外道の説に非ず〕等云云。
<中略>
外典・外道の四聖三仙、其の名は聖なりといえども実には三惑未断の凡夫、其の名は賢なりといえども実に因果を弁えざる事嬰兒のごとし。
<中略>
例せば外典・外道等は仏前の外道は執見あさし。仏後の外道は仏教をききみて自宗の非をしり巧みの心出現して仏教を盗み取り、自宗に入れて邪見もっともふかし。附仏教・学仏法成等これなり。外典も又々かくのごとし。漢土に仏法いまだわたらざつし時の儒家・道家はゆうゆうとして嬰兒のごとくはかなかりしが、後漢已後に釈教わたりて対論の後、釈教ようやく流布する程に、釈教の僧侶破戒のゆえに、或は還俗して家にかえり、或は俗に心をあわせ、儒道の内に釈教を盗み入れたり。
止観の第五に云く ̄今世多有悪魔比丘退戒還家懼畏駆策更越済道士。復邀名利誇談荘老以仏法義偸安邪典押高就下摧尊入卑概令平等〔今の世に多く悪魔の比丘有って、戒を退き家に還り、駆策を懼畏して更に道士に越済す。復、名利を邀めて荘老を誇談し、仏法の義を以て偸んで邪典におき、高きを押して下きに就け、尊きを摧いて卑しきに入れ、概して平等ならしむ〕云云。
弘に云く ̄作比丘身破滅仏法。若退戒還家如衛元嵩等。即以在家身破壊仏法。○此人偸竊正教助添邪典。○押高等者○以道士心為二教概使邪正等。義無是理。曾入仏法偸正助邪押八万十二之高就五千二篇之下用釈彼典邪鄙之教名摧尊入卑〔比丘の身と作って仏法を破滅す。若しは戒を退き家に還るとは、衛の元嵩等が如し。即ち在家の身を以て仏法を破壊す。○此の人正教を偸竊して邪典を助添す。○押高等とは○道士の心を以て二教の概と為し邪正をして等しからしむ。義に是の理無し。曾て仏法に入って正を偸んで邪を助け、八万十二之高きを押して五千二篇之下きに就け、用て彼の典の邪鄙之教を釈するを摧尊入卑と名づく〕等云云。
<中略>
儒家の孝養は今生にかぎる。未来の父母を扶けざれば、外家の聖賢は有名無実なり。外道は過未をしれども父母を扶る道なし。仏道こそ父母の後世を扶くれば聖賢の名はあるべけれ。
<中略>
外道の善悪は小乗経に対すれば、皆悪道。
『開目抄』
外道の法門は一千年八百年、五天にはびこりて、輪王より万民かうべ(頭)をかたぶけしかども、九十五種共に仏にやぶられたりき。
『聖密房御書』
外道は過去八万・未来八万を知る。一分の聖人也。小乗の二乗は過去未来の因果を知る。外道に勝れたる聖人也。
『聖人知三世事』
外道と申すは仏前八百年よりはじまりて、はじめは二天三仙にてありしがやうやくわかれて九十五種なり。其の中に多くの智者神通のものありしかども、一人も生死をはなれず。又帰伏せし人々も、善につけ悪につけ皆三悪道に堕ち候ひしを、仏出世せさせ給ひてありしかば、九十五種の外道、十六大国の王臣諸民をかたらひて、或はのり、或はうち、或は弟子或はだんな等無量無辺ころせしかども、仏たゆむ心なし。我粉の法門を諸人にをどされていゐやむほどならば、一切衆生地獄に堕つべしとつよくなげかせ給ひしゆへに退する心なし。此の外道と申すは先仏の経々を見てよみそこなひて候ひしより事をこれり。
『三三蔵祈雨事』
外道には天人畜の三道を明かし、鬼道の有無之を論じて、地獄は其の沙汰無し。小乗経には六道の因果を明かして、四聖以て分明ならず。
『大学三郎御書』
外道が或は恒河を耳に十二年留め、或は大海をすひ(吸)ほし、或は日月を手ににぎり、或は釈子を牛羊となしなんどせしかども、いよいよ大慢ををこして、生死の業とこそなりしか。此をば天台云く ̄邀名利増見愛〔名利をもとめ見愛を増す〕とこそ釈せられて候へ。
『報恩抄』
外道に三人あり。一には仏法外の外道[九十五種之外道]・二には仏法成の外道[小乗]・三には附仏法之外道[妙法を知らざる大乗の外道也]。
『一代聖教大意』
釈迦如来所説の一切経の経律論五千四十八巻八十秩。天竺に流布すること一千年、仏の滅後、一千一十五年に当りて、震旦国に仏経渡る。後漢の孝明皇帝、永平十年丁卯より唐の玄宗皇帝、開元十八年庚午に至るまで、六百六十四歳之間に一切経渡り畢んぬ。此の一切の経律論の中に小乗・大乗・権経・実経・顕教・密教あり。此れ等を弁ふべし。此の名目は論師人師よりも出でず仏説より起る。十方世界の一切衆生、一人も無く之を用ふべし。之を用ひざる者は外道と知るべき也。
『教機時国鈔』
仏を不孝の人と云ひしは九十五種の外道也。父母の命に背きて無為に入り、還りて父母を導くは孝の手本なる事、仏、其の証拠なるべし。彼の浄蔵・浄眼は父の妙荘厳王外道の法に著して仏法に背き給ひしかども、二人の太子は父の命に背きて雲雷音王仏の御弟子となり、終に父を導きて娑羅樹王仏と申す仏になし申されけるは、不孝の人と云ふべき歟。
『聖愚問答鈔』
禅宗は滅度の仏と見るが故に外道の無の見なり。「是法住法位、世間相常住」の金言に背く僻見なり。禅は法華経の方便無得道の禅なるを真実常住の法と云ふが故に外道の常見なり。若し与へて之を言はゞ仏の方便三蔵の分斉なり。若し奪つて之を言はゞ但外道の邪法なり。
『立正観抄』
九十五種の外道、阿含経の題目を聞てみな邪執を倒し、無常の正路におもむきぬ。
『曽谷入道殿御返事』
阿育大王は十万八千の外道を殺し給き。此等の国王比丘等は閻浮第一之賢王、持戒第一之智者也。
『秋元殿御書』
六師外道と申すは八百年以前に、二天、三仙等の説き置きたる四韋陀、十八大経を以てこそ師の名残とは伝へて候へ。
『内房女房御返事』
<中略>
外道は五通を得て能く山を傾け海を竭すとも神通無き阿含経の凡夫に及ばず。
『守護国家論』
天竺・震旦は外道が仏法をほろぼし、小乗が大乗をやぶるとみえたり。
<中略>
外道が小乗経を破するは、外道の理は常住なり、小乗経の理は無常なり、空なり。故に外道が小乗経を破するは謗法となる。
『顕謗法鈔』
さきに外道の法弘まれる国ならば仏法をもってこれをやぶるべし。仏の印度にいでて外道をやぶり、まとうか・ぢくほうらんの震旦に来て道士をせめ、上宮太子和国に生まれて守屋をきりしが如し。
『南条兵衛七郎殿御書』
外道は常楽我浄と立てしかば、仏、世にいでまさせ給いては苦空無常無我ととかせ給いき。
『十章抄』
二には月氏の外道。三目八臂の摩醯首羅天・毘紐天、此の二天をば一切衆生の慈父悲母、又天尊主君と号す。迦毘羅・・楼僧・{うるそうぎゃ}・勒娑婆、此の三人をば三仙となづく。此れ等は仏前八百年已前已後の仙人なり。此の三仙の所説を四韋陀と号す。六万蔵あり。乃至、仏出世に当て、六師外道此の外経を習伝して五天竺の王の師となる。支流九十五六等にもなれり。
一一に流流多くして、我慢の幢(はたほこ)高きこと非想天にもすぎ、執心の心の堅きこと金石にも超えたり。其の見の深きこと、巧みなるさま、儒家にはにるべくもなし。或は過去二生・三生・乃至七生・八万劫を照見し、又兼ねて未来八万劫をしる。其の所説の法門の極理は、 ̄或は因中有果、或は因中無果、或は因中亦有亦無果等云云。此れ外道の極理なり。所謂、善き外道は五戒・十善戒等を持て、有漏の禅定を修し、上色・無色をきわめ、上界を涅槃と立て屈歩虫のごとくせめのぼれども、非想天より返て三悪道に堕つ。一人として天に留まるものなし。而れども天を極むる者は永くかえらずとおもえり。各々自師の義をうけて堅く執するゆえに、或は冬寒に一日に三度恒河に浴し、或は髪をぬき、或は巌に身をなげ、或は身を火にあぶり、或は五処をやく。或は裸形、或は馬を多く殺せば福をう、或は草木をやき、或は一切の木を礼す。
此れ等の邪義、其の数をしらず。師を恭敬する事諸天の帝釈をうやまい、諸臣の皇帝を拝するがごとし。しかれども外道の法九十五種、善悪につけて一人も生死をはなれず。善師につかえては二生三生等に悪道に堕ち、悪師につかえては順次生に悪道に堕つ。外道の所詮は内道に入る、即ち最要なり。
或る外道云く ̄千年已後、仏出世す等云云。
或る外道云く ̄百年已後、仏出世す等云云。
大涅槃経に云く_一切世間外道経書皆是仏説非外道説〔一切世間の外道の経書は、皆是れ仏説にして外道の説に非ず〕等云云。
<中略>
外典・外道の四聖三仙、其の名は聖なりといえども実には三惑未断の凡夫、其の名は賢なりといえども実に因果を弁えざる事嬰兒のごとし。
<中略>
例せば外典・外道等は仏前の外道は執見あさし。仏後の外道は仏教をききみて自宗の非をしり巧みの心出現して仏教を盗み取り、自宗に入れて邪見もっともふかし。附仏教・学仏法成等これなり。外典も又々かくのごとし。漢土に仏法いまだわたらざつし時の儒家・道家はゆうゆうとして嬰兒のごとくはかなかりしが、後漢已後に釈教わたりて対論の後、釈教ようやく流布する程に、釈教の僧侶破戒のゆえに、或は還俗して家にかえり、或は俗に心をあわせ、儒道の内に釈教を盗み入れたり。
止観の第五に云く ̄今世多有悪魔比丘退戒還家懼畏駆策更越済道士。復邀名利誇談荘老以仏法義偸安邪典押高就下摧尊入卑概令平等〔今の世に多く悪魔の比丘有って、戒を退き家に還り、駆策を懼畏して更に道士に越済す。復、名利を邀めて荘老を誇談し、仏法の義を以て偸んで邪典におき、高きを押して下きに就け、尊きを摧いて卑しきに入れ、概して平等ならしむ〕云云。
弘に云く ̄作比丘身破滅仏法。若退戒還家如衛元嵩等。即以在家身破壊仏法。○此人偸竊正教助添邪典。○押高等者○以道士心為二教概使邪正等。義無是理。曾入仏法偸正助邪押八万十二之高就五千二篇之下用釈彼典邪鄙之教名摧尊入卑〔比丘の身と作って仏法を破滅す。若しは戒を退き家に還るとは、衛の元嵩等が如し。即ち在家の身を以て仏法を破壊す。○此の人正教を偸竊して邪典を助添す。○押高等とは○道士の心を以て二教の概と為し邪正をして等しからしむ。義に是の理無し。曾て仏法に入って正を偸んで邪を助け、八万十二之高きを押して五千二篇之下きに就け、用て彼の典の邪鄙之教を釈するを摧尊入卑と名づく〕等云云。
<中略>
儒家の孝養は今生にかぎる。未来の父母を扶けざれば、外家の聖賢は有名無実なり。外道は過未をしれども父母を扶る道なし。仏道こそ父母の後世を扶くれば聖賢の名はあるべけれ。
<中略>
外道の善悪は小乗経に対すれば、皆悪道。
『開目抄』
外道の法門は一千年八百年、五天にはびこりて、輪王より万民かうべ(頭)をかたぶけしかども、九十五種共に仏にやぶられたりき。
『聖密房御書』
外道は過去八万・未来八万を知る。一分の聖人也。小乗の二乗は過去未来の因果を知る。外道に勝れたる聖人也。
『聖人知三世事』
外道と申すは仏前八百年よりはじまりて、はじめは二天三仙にてありしがやうやくわかれて九十五種なり。其の中に多くの智者神通のものありしかども、一人も生死をはなれず。又帰伏せし人々も、善につけ悪につけ皆三悪道に堕ち候ひしを、仏出世せさせ給ひてありしかば、九十五種の外道、十六大国の王臣諸民をかたらひて、或はのり、或はうち、或は弟子或はだんな等無量無辺ころせしかども、仏たゆむ心なし。我粉の法門を諸人にをどされていゐやむほどならば、一切衆生地獄に堕つべしとつよくなげかせ給ひしゆへに退する心なし。此の外道と申すは先仏の経々を見てよみそこなひて候ひしより事をこれり。
『三三蔵祈雨事』
外道には天人畜の三道を明かし、鬼道の有無之を論じて、地獄は其の沙汰無し。小乗経には六道の因果を明かして、四聖以て分明ならず。
『大学三郎御書』
外道が或は恒河を耳に十二年留め、或は大海をすひ(吸)ほし、或は日月を手ににぎり、或は釈子を牛羊となしなんどせしかども、いよいよ大慢ををこして、生死の業とこそなりしか。此をば天台云く ̄邀名利増見愛〔名利をもとめ見愛を増す〕とこそ釈せられて候へ。
『報恩抄』
外道に三人あり。一には仏法外の外道[九十五種之外道]・二には仏法成の外道[小乗]・三には附仏法之外道[妙法を知らざる大乗の外道也]。
『一代聖教大意』
釈迦如来所説の一切経の経律論五千四十八巻八十秩。天竺に流布すること一千年、仏の滅後、一千一十五年に当りて、震旦国に仏経渡る。後漢の孝明皇帝、永平十年丁卯より唐の玄宗皇帝、開元十八年庚午に至るまで、六百六十四歳之間に一切経渡り畢んぬ。此の一切の経律論の中に小乗・大乗・権経・実経・顕教・密教あり。此れ等を弁ふべし。此の名目は論師人師よりも出でず仏説より起る。十方世界の一切衆生、一人も無く之を用ふべし。之を用ひざる者は外道と知るべき也。
『教機時国鈔』
仏を不孝の人と云ひしは九十五種の外道也。父母の命に背きて無為に入り、還りて父母を導くは孝の手本なる事、仏、其の証拠なるべし。彼の浄蔵・浄眼は父の妙荘厳王外道の法に著して仏法に背き給ひしかども、二人の太子は父の命に背きて雲雷音王仏の御弟子となり、終に父を導きて娑羅樹王仏と申す仏になし申されけるは、不孝の人と云ふべき歟。
『聖愚問答鈔』
禅宗は滅度の仏と見るが故に外道の無の見なり。「是法住法位、世間相常住」の金言に背く僻見なり。禅は法華経の方便無得道の禅なるを真実常住の法と云ふが故に外道の常見なり。若し与へて之を言はゞ仏の方便三蔵の分斉なり。若し奪つて之を言はゞ但外道の邪法なり。
『立正観抄』
九十五種の外道、阿含経の題目を聞てみな邪執を倒し、無常の正路におもむきぬ。
『曽谷入道殿御返事』
阿育大王は十万八千の外道を殺し給き。此等の国王比丘等は閻浮第一之賢王、持戒第一之智者也。
『秋元殿御書』
六師外道と申すは八百年以前に、二天、三仙等の説き置きたる四韋陀、十八大経を以てこそ師の名残とは伝へて候へ。
『内房女房御返事』
末代の僧尼について
末世には狗犬の僧尼は恒沙の如しと仏は説せ給て候也。文の意は末世の僧、比丘尼は名聞名利に著し、上には袈裟、衣を著たれば形は僧、比丘尼に似たれども内心には邪見の剣を提て、我出入する檀那の所へ余の僧尼をよせじと無量の讒言を致し、余の僧尼を寄せずして檀那を惜まん事、譬ば犬が前に人の家に至て物を得て食ふが、後に犬の来を見ていがみほへ食合が如くなるべしと云心也。是の如の僧尼は皆皆悪道に堕すべき也。
『松野殿御返事』
第三に衆合地獄とは、黒縄地獄の下にあり。縦広は上の如し。多くの鉄の山、二つずつ相向かえり。牛頭・馬頭等の極卒、手に棒を取って罪人を駈けて山の間に入らしむ。此の時、両の山迫り来て合わせ押す。身体くだけて、血流れて、地にみつ。又種々の苦あり。人間の二百歳を第三の夜摩天の一日一夜として、此の天の寿、二千歳なり。此の天の寿を一日一夜として、此の地獄の寿命、二千歳なり。殺生・偸盗の罪の上、邪淫とて、他人のつま(妻)を犯す者、此の地獄の中に堕つべし。然るに当世の僧尼士女、多分は此の罪を犯す。殊に僧にこの罪多し。士女は各々互いにまもり、又人目をつつまざる故に、此の罪をおかさず。僧は一人ある故に、淫欲とぼし(乏)きところに、若しはらまば(有身)、父ただされてあらわれぬべきゆえに、独りある女人をばおかさず。もしやかくる(隠)ると、他人の妻をうかがい、ふかくかくれんとおもうなり。当世のほかとうと(貴)げなる僧の中に、ことに此の罪又多かるらんとおぼゆ。されば多分は当世とうとげなる僧、此の地獄に堕つべし。
『顕謗法鈔』
仏涅槃経に記して云く_末法には正法の者は爪上の土、謗法の者は十方の土とみえぬ。法滅尽経に云く_謗法の者は恒河沙、正法の者は一二の小石と記しおき給う。千年・五百年に一人なんども正法の者ありがたかるらん。世間の罪に依て悪道に堕ちる者は爪上の土、仏法によて悪道に堕ちる者は十方の土。俗より僧、女より尼多く悪道に堕つべし。
『開目抄』
しかればいまの代の海人山人日々に魚鹿等をころし、源家平家等の兵士等のとしどしに合戦をなす人々は父母をころさねばよも無間地獄には入り候はじ。便宜候はば法華経を信じて、たまたま仏になる人も候らん。今の天台座主・東寺・御室・七大寺の検校・園城寺の長吏等の真言師竝に禅宗・念仏者・律宗等は、眼前には法華経を信じよむににたれども、其の根本をたづぬれば弘法大師・慈覚大師・智証大師・善導・法然等が弟子也。源にごりぬれば流れきよからず。天くもれば地くらし。父母謀反をおこせば妻子ほろぶ。山くづるれば草木たふるならひなれば、日本六十六ヶ国の比丘比丘尼等の善人等皆無間地獄に堕つべき也。
されば今の代には地獄に堕つるものは悪人よりも善人、善人よりも僧尼、僧尼よりも持戒にて智慧かしこき人々の阿鼻地獄へは堕ち候也。
『種種物御消息』
三千大千世界の一切衆生の人の眼をぬける罪よりも深く、十方世界の堂塔を焼はらへるよりも超たる大罪を、一人して作れる程の衆生日本国に充満せり。されば天は日日に眼をいからして日本国をにらめ、地神忿を作して時時に身をふるう也。然而我朝の一切衆生は皆我身に科なしと思ひ、必ず往生すべし成仏をとげんと思へり。赫赫たる日輪をも無目者は見ず知らず。譬ばたいこ(鼓)の如くなる地震をもねぶれる者の心にはをぼえず。
日本国の一切衆生如是。女人よりも男子の科はをゝく、男子よりも尼のとがは重し。尼よりも僧の科はをゝく、破戒の僧よりも持戒の法師のとがは重し。持戒の僧よりも智者の科はをもかるべし。此等は癩病の中の白癩病、白癩病の中の大白癩病なり。
『妙法曼荼羅供養事』
今、当世の悪王・悪比丘の仏法を滅失するは、小を以て大を打ち、権を以て実を失ふ。人心を削りて身を失はず、寺塔を焼き尽くさずして自然に之を喪ぼす。其の失前代に超過せる也。
『法華取要抄』
設ひ堅く三帰・五戒・十善戒・二百五十戒・十無尽戒等の諸戒を持てる比丘・比丘尼等も、愚痴の失に依て、小乗経を大乗経と謂ひ、権大乗教を実大乗経なりと執する等の謬義出来す。大妄語・大殺生・大偸盗の大逆罪の者也。愚人は之を知らざれば智者と尊む。設ひ世間の諸戒之を破る者なりとも、堅く大小権実等の経を弁へば、世間の破戒は仏法の持戒也。
『大学三郎御書』
経に云く_悪世中比丘 邪智心諂曲 未得謂為得 我慢心充満〔悪世の中の比丘は 邪智にして心諂曲に 未だ得ざるを為れ得たりと謂い 我慢の心充満せん〕文。妙楽大師此の文の心を釈して云く ̄次一行明道門増上慢者〔次いで一行は道門増上慢の者を明かす〕文。文の心は悪世末法の権経の諸の比丘、我れ法を得たりと慢じて法華経を行ずるものゝ敵となるべしといふ事也。
『唱法華題目鈔』
末世の僧等は仏法の道理をばしらずして、我慢に著して師をいやしみ、檀那をへつらふなり。
『曾谷殿御返事(成仏用心鈔)』
法滅尽経に法滅尽之時は狗犬の僧尼、恒河沙の如し等云云[取意]。
『曾谷入道殿許御書』
『松野殿御返事』
第三に衆合地獄とは、黒縄地獄の下にあり。縦広は上の如し。多くの鉄の山、二つずつ相向かえり。牛頭・馬頭等の極卒、手に棒を取って罪人を駈けて山の間に入らしむ。此の時、両の山迫り来て合わせ押す。身体くだけて、血流れて、地にみつ。又種々の苦あり。人間の二百歳を第三の夜摩天の一日一夜として、此の天の寿、二千歳なり。此の天の寿を一日一夜として、此の地獄の寿命、二千歳なり。殺生・偸盗の罪の上、邪淫とて、他人のつま(妻)を犯す者、此の地獄の中に堕つべし。然るに当世の僧尼士女、多分は此の罪を犯す。殊に僧にこの罪多し。士女は各々互いにまもり、又人目をつつまざる故に、此の罪をおかさず。僧は一人ある故に、淫欲とぼし(乏)きところに、若しはらまば(有身)、父ただされてあらわれぬべきゆえに、独りある女人をばおかさず。もしやかくる(隠)ると、他人の妻をうかがい、ふかくかくれんとおもうなり。当世のほかとうと(貴)げなる僧の中に、ことに此の罪又多かるらんとおぼゆ。されば多分は当世とうとげなる僧、此の地獄に堕つべし。
『顕謗法鈔』
仏涅槃経に記して云く_末法には正法の者は爪上の土、謗法の者は十方の土とみえぬ。法滅尽経に云く_謗法の者は恒河沙、正法の者は一二の小石と記しおき給う。千年・五百年に一人なんども正法の者ありがたかるらん。世間の罪に依て悪道に堕ちる者は爪上の土、仏法によて悪道に堕ちる者は十方の土。俗より僧、女より尼多く悪道に堕つべし。
『開目抄』
しかればいまの代の海人山人日々に魚鹿等をころし、源家平家等の兵士等のとしどしに合戦をなす人々は父母をころさねばよも無間地獄には入り候はじ。便宜候はば法華経を信じて、たまたま仏になる人も候らん。今の天台座主・東寺・御室・七大寺の検校・園城寺の長吏等の真言師竝に禅宗・念仏者・律宗等は、眼前には法華経を信じよむににたれども、其の根本をたづぬれば弘法大師・慈覚大師・智証大師・善導・法然等が弟子也。源にごりぬれば流れきよからず。天くもれば地くらし。父母謀反をおこせば妻子ほろぶ。山くづるれば草木たふるならひなれば、日本六十六ヶ国の比丘比丘尼等の善人等皆無間地獄に堕つべき也。
されば今の代には地獄に堕つるものは悪人よりも善人、善人よりも僧尼、僧尼よりも持戒にて智慧かしこき人々の阿鼻地獄へは堕ち候也。
『種種物御消息』
三千大千世界の一切衆生の人の眼をぬける罪よりも深く、十方世界の堂塔を焼はらへるよりも超たる大罪を、一人して作れる程の衆生日本国に充満せり。されば天は日日に眼をいからして日本国をにらめ、地神忿を作して時時に身をふるう也。然而我朝の一切衆生は皆我身に科なしと思ひ、必ず往生すべし成仏をとげんと思へり。赫赫たる日輪をも無目者は見ず知らず。譬ばたいこ(鼓)の如くなる地震をもねぶれる者の心にはをぼえず。
日本国の一切衆生如是。女人よりも男子の科はをゝく、男子よりも尼のとがは重し。尼よりも僧の科はをゝく、破戒の僧よりも持戒の法師のとがは重し。持戒の僧よりも智者の科はをもかるべし。此等は癩病の中の白癩病、白癩病の中の大白癩病なり。
『妙法曼荼羅供養事』
今、当世の悪王・悪比丘の仏法を滅失するは、小を以て大を打ち、権を以て実を失ふ。人心を削りて身を失はず、寺塔を焼き尽くさずして自然に之を喪ぼす。其の失前代に超過せる也。
『法華取要抄』
設ひ堅く三帰・五戒・十善戒・二百五十戒・十無尽戒等の諸戒を持てる比丘・比丘尼等も、愚痴の失に依て、小乗経を大乗経と謂ひ、権大乗教を実大乗経なりと執する等の謬義出来す。大妄語・大殺生・大偸盗の大逆罪の者也。愚人は之を知らざれば智者と尊む。設ひ世間の諸戒之を破る者なりとも、堅く大小権実等の経を弁へば、世間の破戒は仏法の持戒也。
『大学三郎御書』
経に云く_悪世中比丘 邪智心諂曲 未得謂為得 我慢心充満〔悪世の中の比丘は 邪智にして心諂曲に 未だ得ざるを為れ得たりと謂い 我慢の心充満せん〕文。妙楽大師此の文の心を釈して云く ̄次一行明道門増上慢者〔次いで一行は道門増上慢の者を明かす〕文。文の心は悪世末法の権経の諸の比丘、我れ法を得たりと慢じて法華経を行ずるものゝ敵となるべしといふ事也。
『唱法華題目鈔』
末世の僧等は仏法の道理をばしらずして、我慢に著して師をいやしみ、檀那をへつらふなり。
『曾谷殿御返事(成仏用心鈔)』
法滅尽経に法滅尽之時は狗犬の僧尼、恒河沙の如し等云云[取意]。
『曾谷入道殿許御書』
一闡提とは
闡提とは、天竺の語、此には不信と翻す。不信とは、一切衆生悉有仏性を信ぜざるは闡提の人と見えたり。不信とは、謗法の者なり。
『顕謗法鈔』
凡そ謗法とは、謗仏謗僧也。三宝一体なる故也。是れ涅槃経の文也。爰を以て法華経には則断一切 世間仏種〔則ち一切世間の 仏種を断ぜん〕と説く。是れを即ち一闡提と名づく。
『真言見聞』
たといさとりあれども信心なき者は誹謗闡提の者也。
<中略>
総じて成仏往生のなり難き者四人あり。第一には決定性の二乗・第二には一闡提人・第三には空心の者・第四には謗法の者也。此れ等を法華経において仏になさせ給う故に法華経を妙とは云う也。
『法華題目抄』
天親菩薩の仏性論の第一に此の文を釈して云く ̄若憎背大乗者此是一闡提因。為令衆生捨此法故〔若し大乗に憎背するは、此れは是れ一闡提の因なり。衆生をして此の法を捨てしむるを為ての故に〕
<中略>
末法に於ては常没の闡提之多し。豈に観経等の四十余年の諸経に於て之を扶くべけん乎。無性の常没・決定性の二乗は、但法華・涅槃等に限れり。
<中略>
法華経は諸経に漏れたる愚者・悪人・女人・常没の闡提等を摂したもう。
<中略>
又云く_不作一闡提 断不善根 信如是等涅槃経典 如爪上土 乃至 作一闡提 断諸善根 不信是経者 如十方界所有地土〔一闡提を作らず、善根を断ぜず、是の如き等の涅槃経典を信ずるは爪上の土の如く 乃至 一闡提と作り、諸の善根を断じ、是の経を信ぜざるは十方界所有の地土の如し〕と。
此の文の如くんば法華・涅槃を信ぜずして一闡提と作るは十方の土の如く、法華・涅槃を信ずるは爪上の土の如し。
<中略>
法華・涅槃に於て不信の思いを作し、一闡提と作り、観経等の下劣の乗に依て方便称名等の瓦礫を翫び、法然房の猿猴を敬うて智慧第一の帝釈と思い、法華・涅槃の如意珠を捨て、如来の聖教を褊するは権実二教を弁えざるが故也。
<中略>
我等常没の一闡提の凡夫、法華経を信ぜんと欲するは仏性を顕さんが為の先表也。
『守護国家論』
涅槃経に云く_仏言 唯除一人余一切施 誹謗正法 造是重業 唯除如此一闡提輩 施其余者一切讚歎〔仏の言く 唯一人を除きて余の一切に施さば 正法を誹謗し、是の重業を造りて 唯此の如き一闡提の輩を除きて其の余に施さば一切讃歎すべし〕。此の文の如きんば、施を留めて対治すべしと見えたり。此の外にも、亦治方是れ多し。具さに出だすに段あらず。
『災難対治鈔』
又云く_殺有三謂下中上。下者蟻子乃至一切畜生。唯除菩薩示現生者。以下殺因縁堕於地獄畜生餓鬼具受下苦。何以故。是諸畜生有微善根。是故殺者具受罪報。中殺者 従凡夫人至阿那含是名為中。以是業因堕於地獄畜生餓鬼具受中苦。上殺者 父母乃至阿羅漢辟支仏畢定菩薩。堕於阿鼻大地獄中。善男子 若有能殺一闡提者則不堕此三種殺中。善男子 彼諸婆羅門等一切皆是一闡提也〔殺に三有り、謂く下中上なり。下とは蟻子乃至一切の畜生なり。唯菩薩示現生の者を除く。下殺の因縁を以て地獄・畜生・餓鬼に堕して、具さに下の苦を受く。何を以ての故に。是の諸の畜生に微の善根有り。是の故に殺さば具さに罪報を受く。中殺とは凡夫人従り阿那含に至るまで、是れを名づけて中と為す。是の業因を以て地獄・畜生・餓鬼に堕して、具さに中の苦を受く。上殺とは父母 乃至 阿羅漢・辟支仏畢定の菩薩なり。阿鼻大地獄の中に堕す。善男子、若し能く一闡提を殺すこと有らん者はち此の三種の殺の中に堕せず。善男子、彼の諸の婆羅門等は一切皆是れ一闡提なり〕
<中略>
即ち涅槃経に云く_仏言 唯除一人余一切施皆可讃歎。純陀問言 云何名為唯除一人。仏言 如此経中所説破戒。純陀復言 我今未解。唯願説之。仏語純陀言 破戒者謂一闡提。其余在所一切布施皆可讃歎獲大果報。純陀復問 一闡提者其義云何。仏言純陀 若有比丘及比丘尼優婆塞優婆夷発・悪言 誹謗正法 造是重業永不改悔心無懺悔。如是等人名為趣向一闡提道。若犯四重作五逆罪 自知定犯如是重事 而心初無怖畏懺悔不肯発露。於彼正法永無護惜建立之心 毀呰軽賎言多禍咎。如是等亦名趣向一闡提道。唯除如此一闡提輩 施其余者一切讚歎〔仏の言く 唯一人を除きて余の一切に施さば皆讚歎すべし。純陀問うて言く 云何なるをか名づけて唯除一人と為す。仏の言く 此の経の中に説く所の如きは破戒なり。純陀復言く 我今未だ解せず。唯願くは之を説きたまえ。仏、純陀に語りて言く 破戒とは謂く 一闡提なり。其の余の在所一切に布施するは皆讃歎すべし大果報を獲ん。純陀復問いたてまつる、一闡提とは其の義云何。仏の言く 純陀、若し比丘及び比丘尼・優婆塞・優婆夷有って、・悪{そあく}の言を発し、正法を誹謗し、是の重業を造りて永く改悔せず、心に懺悔無からん。是の如き等の人を名づけて一闡提の道に趣向すと為す。若し四重を犯し五逆罪を作り、自ら定て是の如き重事を犯すと知れども、心に初より怖畏・懺悔無く肯て発露せず。彼正法に於て永く護惜建立之心無く、毀呰軽賎して言に禍咎多からん。是の如き等を亦一闡提の道に趣向すと名づく。唯此の如き一闡提の輩を除きて其の余に施さば一切讃歎すべし〕と。
<中略>
早く一闡提之施を止め、永く衆の僧尼之供を致し、仏海之白浪を収め、法山之緑林を截らば、世は羲農之世と成り国は唐虞之国と為らん。
『立正安国論』
順次生に必ず地獄に堕すべき者は重罪を造るとも現罰なし。一闡提これなり。
<中略>
上品の一闡提の人になりぬれば、順次生に必ず無間地獄に堕つべきゆえに現罰なし。
『開目抄』
仏法には五逆をたすけ、不孝をばすくう。但し誹謗一闡提の者、持戒にして大智なるをばゆるされず。
『撰時抄』
仏性論に云く ̄若憎背大乗 此是因一闡提。為令衆生捨此法故〔もし大乗に憎背するは、此れは是れ一闡提の因なり。衆生をして此の法を捨てしむるをもっての故に〕。此の文の如きんば、大小流布之世に、一向に小乗を弘め、自身も大乗に背き、人に於ても大乗を捨てしむる、是れを謗法と云ふ也。
『十法界明因果鈔』
雙林最後の涅槃経に、十悪・五逆よりも過ぎてをそろしき者を出させ給ふに、謗法闡提と申して二百五十戒を持ち、三衣一鉢を身に纏へる智者共の中にこそ有るべしと見え侍れと、こまごまと申して候ひしかば、此の人もこゝろえずげに思ひておはしき。
『善無畏三蔵鈔(師恩報酬鈔)』
今世既に末法にのぞみて諸宗の機にあらざる上、日本国一同に一闡提大謗法の者となる。
『妙法曼荼羅供養事』
提婆達多は閻浮第一の一闡提の人、一代聖教に捨て置かれしかども此経に値ひ奉りて天王如来の記別を授与せらる。
『波木井三郎殿御返事』
『顕謗法鈔』
凡そ謗法とは、謗仏謗僧也。三宝一体なる故也。是れ涅槃経の文也。爰を以て法華経には則断一切 世間仏種〔則ち一切世間の 仏種を断ぜん〕と説く。是れを即ち一闡提と名づく。
『真言見聞』
たといさとりあれども信心なき者は誹謗闡提の者也。
<中略>
総じて成仏往生のなり難き者四人あり。第一には決定性の二乗・第二には一闡提人・第三には空心の者・第四には謗法の者也。此れ等を法華経において仏になさせ給う故に法華経を妙とは云う也。
『法華題目抄』
天親菩薩の仏性論の第一に此の文を釈して云く ̄若憎背大乗者此是一闡提因。為令衆生捨此法故〔若し大乗に憎背するは、此れは是れ一闡提の因なり。衆生をして此の法を捨てしむるを為ての故に〕
<中略>
末法に於ては常没の闡提之多し。豈に観経等の四十余年の諸経に於て之を扶くべけん乎。無性の常没・決定性の二乗は、但法華・涅槃等に限れり。
<中略>
法華経は諸経に漏れたる愚者・悪人・女人・常没の闡提等を摂したもう。
<中略>
又云く_不作一闡提 断不善根 信如是等涅槃経典 如爪上土 乃至 作一闡提 断諸善根 不信是経者 如十方界所有地土〔一闡提を作らず、善根を断ぜず、是の如き等の涅槃経典を信ずるは爪上の土の如く 乃至 一闡提と作り、諸の善根を断じ、是の経を信ぜざるは十方界所有の地土の如し〕と。
此の文の如くんば法華・涅槃を信ぜずして一闡提と作るは十方の土の如く、法華・涅槃を信ずるは爪上の土の如し。
<中略>
法華・涅槃に於て不信の思いを作し、一闡提と作り、観経等の下劣の乗に依て方便称名等の瓦礫を翫び、法然房の猿猴を敬うて智慧第一の帝釈と思い、法華・涅槃の如意珠を捨て、如来の聖教を褊するは権実二教を弁えざるが故也。
<中略>
我等常没の一闡提の凡夫、法華経を信ぜんと欲するは仏性を顕さんが為の先表也。
『守護国家論』
涅槃経に云く_仏言 唯除一人余一切施 誹謗正法 造是重業 唯除如此一闡提輩 施其余者一切讚歎〔仏の言く 唯一人を除きて余の一切に施さば 正法を誹謗し、是の重業を造りて 唯此の如き一闡提の輩を除きて其の余に施さば一切讃歎すべし〕。此の文の如きんば、施を留めて対治すべしと見えたり。此の外にも、亦治方是れ多し。具さに出だすに段あらず。
『災難対治鈔』
又云く_殺有三謂下中上。下者蟻子乃至一切畜生。唯除菩薩示現生者。以下殺因縁堕於地獄畜生餓鬼具受下苦。何以故。是諸畜生有微善根。是故殺者具受罪報。中殺者 従凡夫人至阿那含是名為中。以是業因堕於地獄畜生餓鬼具受中苦。上殺者 父母乃至阿羅漢辟支仏畢定菩薩。堕於阿鼻大地獄中。善男子 若有能殺一闡提者則不堕此三種殺中。善男子 彼諸婆羅門等一切皆是一闡提也〔殺に三有り、謂く下中上なり。下とは蟻子乃至一切の畜生なり。唯菩薩示現生の者を除く。下殺の因縁を以て地獄・畜生・餓鬼に堕して、具さに下の苦を受く。何を以ての故に。是の諸の畜生に微の善根有り。是の故に殺さば具さに罪報を受く。中殺とは凡夫人従り阿那含に至るまで、是れを名づけて中と為す。是の業因を以て地獄・畜生・餓鬼に堕して、具さに中の苦を受く。上殺とは父母 乃至 阿羅漢・辟支仏畢定の菩薩なり。阿鼻大地獄の中に堕す。善男子、若し能く一闡提を殺すこと有らん者はち此の三種の殺の中に堕せず。善男子、彼の諸の婆羅門等は一切皆是れ一闡提なり〕
<中略>
即ち涅槃経に云く_仏言 唯除一人余一切施皆可讃歎。純陀問言 云何名為唯除一人。仏言 如此経中所説破戒。純陀復言 我今未解。唯願説之。仏語純陀言 破戒者謂一闡提。其余在所一切布施皆可讃歎獲大果報。純陀復問 一闡提者其義云何。仏言純陀 若有比丘及比丘尼優婆塞優婆夷発・悪言 誹謗正法 造是重業永不改悔心無懺悔。如是等人名為趣向一闡提道。若犯四重作五逆罪 自知定犯如是重事 而心初無怖畏懺悔不肯発露。於彼正法永無護惜建立之心 毀呰軽賎言多禍咎。如是等亦名趣向一闡提道。唯除如此一闡提輩 施其余者一切讚歎〔仏の言く 唯一人を除きて余の一切に施さば皆讚歎すべし。純陀問うて言く 云何なるをか名づけて唯除一人と為す。仏の言く 此の経の中に説く所の如きは破戒なり。純陀復言く 我今未だ解せず。唯願くは之を説きたまえ。仏、純陀に語りて言く 破戒とは謂く 一闡提なり。其の余の在所一切に布施するは皆讃歎すべし大果報を獲ん。純陀復問いたてまつる、一闡提とは其の義云何。仏の言く 純陀、若し比丘及び比丘尼・優婆塞・優婆夷有って、・悪{そあく}の言を発し、正法を誹謗し、是の重業を造りて永く改悔せず、心に懺悔無からん。是の如き等の人を名づけて一闡提の道に趣向すと為す。若し四重を犯し五逆罪を作り、自ら定て是の如き重事を犯すと知れども、心に初より怖畏・懺悔無く肯て発露せず。彼正法に於て永く護惜建立之心無く、毀呰軽賎して言に禍咎多からん。是の如き等を亦一闡提の道に趣向すと名づく。唯此の如き一闡提の輩を除きて其の余に施さば一切讃歎すべし〕と。
<中略>
早く一闡提之施を止め、永く衆の僧尼之供を致し、仏海之白浪を収め、法山之緑林を截らば、世は羲農之世と成り国は唐虞之国と為らん。
『立正安国論』
順次生に必ず地獄に堕すべき者は重罪を造るとも現罰なし。一闡提これなり。
<中略>
上品の一闡提の人になりぬれば、順次生に必ず無間地獄に堕つべきゆえに現罰なし。
『開目抄』
仏法には五逆をたすけ、不孝をばすくう。但し誹謗一闡提の者、持戒にして大智なるをばゆるされず。
『撰時抄』
仏性論に云く ̄若憎背大乗 此是因一闡提。為令衆生捨此法故〔もし大乗に憎背するは、此れは是れ一闡提の因なり。衆生をして此の法を捨てしむるをもっての故に〕。此の文の如きんば、大小流布之世に、一向に小乗を弘め、自身も大乗に背き、人に於ても大乗を捨てしむる、是れを謗法と云ふ也。
『十法界明因果鈔』
雙林最後の涅槃経に、十悪・五逆よりも過ぎてをそろしき者を出させ給ふに、謗法闡提と申して二百五十戒を持ち、三衣一鉢を身に纏へる智者共の中にこそ有るべしと見え侍れと、こまごまと申して候ひしかば、此の人もこゝろえずげに思ひておはしき。
『善無畏三蔵鈔(師恩報酬鈔)』
今世既に末法にのぞみて諸宗の機にあらざる上、日本国一同に一闡提大謗法の者となる。
『妙法曼荼羅供養事』
提婆達多は閻浮第一の一闡提の人、一代聖教に捨て置かれしかども此経に値ひ奉りて天王如来の記別を授与せらる。
『波木井三郎殿御返事』



