天竺(インド)の仏教史
月氏に阿育大王と申す王をはしき。一閻浮提四分の一をたなごころ (掌)ににぎり(握)、龍王をしたがへ(随)て雨を心にまかせ、鬼神をめしつかひ(召使)給き。始は悪王なりしかども後には仏法に帰し、六万人の僧を日日に供養し、八万四千の石の塔をたて給ふ。此大王の過去をたづぬれば、仏在世に徳勝童子、無勝童子とて二人のをさなき(幼)人あり。土の餅を仏に供養し給て一百年の内に大王と生たり。
『上野殿御返事』
阿育大王は十万八千の外道を殺し給き。此等の国王比丘等は閻浮第一之賢王、持戒第一之智者也。
『秋元殿御書(筒御器鈔)』
仏の滅後、四百年にあたりて健駄羅国の迦貳色迦王、仏法を貴み、一夏、僧を供し仏法をといしに、一々の僧異義多し。此の王不審して云く 仏説は定めて一ならん、終に脇尊者に問う。尊者答て云く 金杖を折って種々の物につくるに、形は別なれども金杖は一なり。形の異なるをば諍うといえども、金たる事をあらそわず。門々不同なれば、いりかどをば諍えども、入理は一なり等云云。又求那跋摩云く_緒論各異端修行理無二。偏執有是非達者無違諍〔緒論各異端なれども修行の理は二無し。偏執に是非有れども達者は違諍無し〕等云云。又五百羅漢の真因各異なれども、同じく聖理をえたり。大論の四悉檀の中の対治悉檀、摂論の四意趣の中の衆生意楽意趣、此れ等は此の善を嫌い、此の善をほむ。檀戒進等一々にそしり、一々にほむる、皆得道をなる。
『顕謗法鈔』
迦貳志加王は仏の滅後四百余年の王なり。健陀羅国を掌のうちににぎれり。五百の羅漢を帰依して婆沙論二百巻をつくらしむ。国中總じて小乗也。其の国に大乗弘めがたかりき。発舎密多羅王は五天竺を随へて仏法を失ひ、衆僧の首をきる。
『四条金吾殿御返事(梵音声書)』
我滅後の次の日より五百年が間は一向小乗経を弘通すべし。迦葉・阿難乃至富那 奢等の十余人也。後の五百余年は権大乗経、所謂華厳・方等・深密・大日経・般若・観経・阿弥陀経等を、馬鳴菩薩・龍樹菩薩・無著菩薩・天親菩薩等の四依の大菩薩大論師弘通すべし。
而るに此れ等の阿羅漢竝びに大論師は法華経の仁義を知し食さざるには有らず。然而るに流布の時も来らず、釈尊よりも仰せつけられざる大法なれば、心には存じ給へども、口には宣べ給はず。或は粗口に囀り給ふやうなれども、実義をば一向に隠して止めぬ。
『下山御消息』
馬鳴菩薩は東印度の人にして付法蔵の第十三に列なれり。本、外道の長たりし時に勒比丘と内外の邪正を論ずるに、其の心言下に解りて重科を遮せんが為に自頭を刎んと擬す所謂〈いはく〉、我、我に敵して堕獄せしむ。勒比丘諌め止めて云く 汝頭を切ること勿れ。その頭と口とを以て大乗を讃歎せよ、と。鳴、急に起信論を造りて外小を破失せり。月氏の大乗の初め也。
『太田入道殿御返事』
龍樹菩薩は如来の滅後八百年に出世して十住毘婆沙等の権論を造りて華厳・方等・般若等の意を宣べ、大論を造りて般若・法華の差別を分かち、天親菩薩は如来の滅後九百年に出世して倶舎論を造りて小乗の意を宣べ、唯識論を造りて方等部の意を宣べ、最後に仏性論を造りて法華・涅槃の意を宣べ、了教・不了教を分かちて敢えて仏の遺言に違わず。
『守護国家論』
月氏国の大族王は率都婆を滅毀し、僧伽藍を癈すること凡そ一千六百余処。乃至大地震動して無間地獄に堕ちにき。・盧釈迦王は釈種九千九百九十万人を生け取り、竝べ従へて殺戮す。積屍芥〈くさむら〉の如く、流血池を成す。弗沙弥多羅王は四兵を興して五天に回らし僧侶を殺し、寺塔を焼く。設賞迦王は仏法を毀壊す。訖利多王は僧徒を斥逐し、仏法を毀壊す。
『行敏訴状御会通』
正法一千年の後は月氏に仏法充満せしかども、或は小をもて大を破し、或は権経をもつて実経を隠没し、仏法さまざまに乱れしかば得道の人やうやくすくなく、仏法につけて悪道に堕ちる者かずをしらず。
『撰時抄』
又付法蔵の二十五人は仏をのぞきたてまつりては、皆仏のかねて記しをき給へる権者なり。其中に第十四の提婆菩薩は外道にころされ、第二十五師子尊者は檀弥栗王に頚を刎られ、其外仏陀密多・龍樹菩薩なんども多くの難にあへり。又難なくして、王法に御帰依いみじくて、法をひろめたる人も候。これは世に悪国善国有り、法に摂受折伏あるゆへかとみへはんべる。
『転重軽受法門』
『上野殿御返事』
阿育大王は十万八千の外道を殺し給き。此等の国王比丘等は閻浮第一之賢王、持戒第一之智者也。
『秋元殿御書(筒御器鈔)』
仏の滅後、四百年にあたりて健駄羅国の迦貳色迦王、仏法を貴み、一夏、僧を供し仏法をといしに、一々の僧異義多し。此の王不審して云く 仏説は定めて一ならん、終に脇尊者に問う。尊者答て云く 金杖を折って種々の物につくるに、形は別なれども金杖は一なり。形の異なるをば諍うといえども、金たる事をあらそわず。門々不同なれば、いりかどをば諍えども、入理は一なり等云云。又求那跋摩云く_緒論各異端修行理無二。偏執有是非達者無違諍〔緒論各異端なれども修行の理は二無し。偏執に是非有れども達者は違諍無し〕等云云。又五百羅漢の真因各異なれども、同じく聖理をえたり。大論の四悉檀の中の対治悉檀、摂論の四意趣の中の衆生意楽意趣、此れ等は此の善を嫌い、此の善をほむ。檀戒進等一々にそしり、一々にほむる、皆得道をなる。
『顕謗法鈔』
迦貳志加王は仏の滅後四百余年の王なり。健陀羅国を掌のうちににぎれり。五百の羅漢を帰依して婆沙論二百巻をつくらしむ。国中總じて小乗也。其の国に大乗弘めがたかりき。発舎密多羅王は五天竺を随へて仏法を失ひ、衆僧の首をきる。
『四条金吾殿御返事(梵音声書)』
我滅後の次の日より五百年が間は一向小乗経を弘通すべし。迦葉・阿難乃至富那 奢等の十余人也。後の五百余年は権大乗経、所謂華厳・方等・深密・大日経・般若・観経・阿弥陀経等を、馬鳴菩薩・龍樹菩薩・無著菩薩・天親菩薩等の四依の大菩薩大論師弘通すべし。
而るに此れ等の阿羅漢竝びに大論師は法華経の仁義を知し食さざるには有らず。然而るに流布の時も来らず、釈尊よりも仰せつけられざる大法なれば、心には存じ給へども、口には宣べ給はず。或は粗口に囀り給ふやうなれども、実義をば一向に隠して止めぬ。
『下山御消息』
馬鳴菩薩は東印度の人にして付法蔵の第十三に列なれり。本、外道の長たりし時に勒比丘と内外の邪正を論ずるに、其の心言下に解りて重科を遮せんが為に自頭を刎んと擬す所謂〈いはく〉、我、我に敵して堕獄せしむ。勒比丘諌め止めて云く 汝頭を切ること勿れ。その頭と口とを以て大乗を讃歎せよ、と。鳴、急に起信論を造りて外小を破失せり。月氏の大乗の初め也。
『太田入道殿御返事』
龍樹菩薩は如来の滅後八百年に出世して十住毘婆沙等の権論を造りて華厳・方等・般若等の意を宣べ、大論を造りて般若・法華の差別を分かち、天親菩薩は如来の滅後九百年に出世して倶舎論を造りて小乗の意を宣べ、唯識論を造りて方等部の意を宣べ、最後に仏性論を造りて法華・涅槃の意を宣べ、了教・不了教を分かちて敢えて仏の遺言に違わず。
『守護国家論』
月氏国の大族王は率都婆を滅毀し、僧伽藍を癈すること凡そ一千六百余処。乃至大地震動して無間地獄に堕ちにき。・盧釈迦王は釈種九千九百九十万人を生け取り、竝べ従へて殺戮す。積屍芥〈くさむら〉の如く、流血池を成す。弗沙弥多羅王は四兵を興して五天に回らし僧侶を殺し、寺塔を焼く。設賞迦王は仏法を毀壊す。訖利多王は僧徒を斥逐し、仏法を毀壊す。
『行敏訴状御会通』
正法一千年の後は月氏に仏法充満せしかども、或は小をもて大を破し、或は権経をもつて実経を隠没し、仏法さまざまに乱れしかば得道の人やうやくすくなく、仏法につけて悪道に堕ちる者かずをしらず。
『撰時抄』
又付法蔵の二十五人は仏をのぞきたてまつりては、皆仏のかねて記しをき給へる権者なり。其中に第十四の提婆菩薩は外道にころされ、第二十五師子尊者は檀弥栗王に頚を刎られ、其外仏陀密多・龍樹菩薩なんども多くの難にあへり。又難なくして、王法に御帰依いみじくて、法をひろめたる人も候。これは世に悪国善国有り、法に摂受折伏あるゆへかとみへはんべる。
『転重軽受法門』
天竺(インド)について
玄奘三蔵の西域と申す文に天竺の国々を多く記したるに、国の習いとして不孝なる国もあり、孝の心ある国もあり。瞋恚のさかんなる国もあり、愚痴の多き国もあり。一向に小乗を用いる国もあり、一向に大乗を用いる国もあり。大小兼学する国もありとみえ侍り。又一向に殺生の国、一向に偸盗の国、又穀の多き国、又粟等の多き国不定也。
『南条兵衛七郎殿御書』
天竺には一向小乗・一向大乗・大小兼学の国あり、わかれたり。
『十章抄』
月氏国に三寺有り。所謂一向小乗の寺と一向大乗の寺と大小兼行の寺なり云云。一向小と一向大とは水火の如し。将た又通路をも分け隔てり。
『行敏訴状御会通』
天竺・震旦は外道が仏法をほろぼし、小乗が大乗をやぶるとみえたり。
『顕謗法鈔』
末法には東より西に(仏法)往く。妙楽大師云く ̄豈非中国失法求之四維〔豈中国に法を失して之を四維に求むるに非ずや〕等云云。天竺に仏法無き証文也。
『顕仏未来記』
月氏の外道。三目八臂の摩醯首羅天・毘紐天、此の二天をば一切衆生の慈父悲母、又天尊主君と号す。迦毘羅・・楼僧・{うるそうぎゃ}・勒娑婆、此の三人をば三仙となづく。此れ等は仏前八百年已前已後の仙人なり。此の三仙の所説を四韋陀と号す。六万蔵あり。乃至、仏出世に当て、六師外道此の外経を習伝して五天竺の王の師となる。支流九十五六等にもなれり。
一一に流流多くして、我慢の幢(はたほこ)高きこと非想天にもすぎ、執心の心の堅きこと金石にも超えたり。其の見の深きこと、巧みなるさま、儒家にはにるべくもなし。或は過去二生・三生・乃至七生・八万劫を照見し、又兼ねて未来八万劫をしる。其の所説の法門の極理は、 ̄或は因中有果、或は因中無果、或は因中亦有亦無果等云云。此れ外道の極理なり。所謂、善き外道は五戒・十善戒等を持て、有漏の禅定を修し、上色・無色をきわめ、上界を涅槃と立て屈歩虫のごとくせめのぼれども、非想天より返て三悪道に堕つ。一人として天に留まるものなし。而れども天を極むる者は永くかえらずとおもえり。各々自師の義をうけて堅く執するゆえに、或は冬寒に一日に三度恒河に浴し、或は髪をぬき、或は巌に身をなげ、或は身を火にあぶり、或は五処をやく。或は裸形、或は馬を多く殺せば福をう、或は草木をやき、或は一切の木を礼す。
此れ等の邪義、其の数をしらず。師を恭敬する事諸天の帝釈をうやまい、諸臣の皇帝を拝するがごとし。しかれども外道の法九十五種、善悪につけて一人も生死をはなれず。善師につかえては二生三生等に悪道に堕ち、悪師につかえては順次生に悪道に堕つ。外道の所詮は内道に入る、即ち最要なり。
『開目抄』
『南条兵衛七郎殿御書』
天竺には一向小乗・一向大乗・大小兼学の国あり、わかれたり。
『十章抄』
月氏国に三寺有り。所謂一向小乗の寺と一向大乗の寺と大小兼行の寺なり云云。一向小と一向大とは水火の如し。将た又通路をも分け隔てり。
『行敏訴状御会通』
天竺・震旦は外道が仏法をほろぼし、小乗が大乗をやぶるとみえたり。
『顕謗法鈔』
末法には東より西に(仏法)往く。妙楽大師云く ̄豈非中国失法求之四維〔豈中国に法を失して之を四維に求むるに非ずや〕等云云。天竺に仏法無き証文也。
『顕仏未来記』
月氏の外道。三目八臂の摩醯首羅天・毘紐天、此の二天をば一切衆生の慈父悲母、又天尊主君と号す。迦毘羅・・楼僧・{うるそうぎゃ}・勒娑婆、此の三人をば三仙となづく。此れ等は仏前八百年已前已後の仙人なり。此の三仙の所説を四韋陀と号す。六万蔵あり。乃至、仏出世に当て、六師外道此の外経を習伝して五天竺の王の師となる。支流九十五六等にもなれり。
一一に流流多くして、我慢の幢(はたほこ)高きこと非想天にもすぎ、執心の心の堅きこと金石にも超えたり。其の見の深きこと、巧みなるさま、儒家にはにるべくもなし。或は過去二生・三生・乃至七生・八万劫を照見し、又兼ねて未来八万劫をしる。其の所説の法門の極理は、 ̄或は因中有果、或は因中無果、或は因中亦有亦無果等云云。此れ外道の極理なり。所謂、善き外道は五戒・十善戒等を持て、有漏の禅定を修し、上色・無色をきわめ、上界を涅槃と立て屈歩虫のごとくせめのぼれども、非想天より返て三悪道に堕つ。一人として天に留まるものなし。而れども天を極むる者は永くかえらずとおもえり。各々自師の義をうけて堅く執するゆえに、或は冬寒に一日に三度恒河に浴し、或は髪をぬき、或は巌に身をなげ、或は身を火にあぶり、或は五処をやく。或は裸形、或は馬を多く殺せば福をう、或は草木をやき、或は一切の木を礼す。
此れ等の邪義、其の数をしらず。師を恭敬する事諸天の帝釈をうやまい、諸臣の皇帝を拝するがごとし。しかれども外道の法九十五種、善悪につけて一人も生死をはなれず。善師につかえては二生三生等に悪道に堕ち、悪師につかえては順次生に悪道に堕つ。外道の所詮は内道に入る、即ち最要なり。
『開目抄』
日本国とは
抑そも日本国はいかなる教を習ってか生死をは離るべき国ぞと勘えたるに、法華経に云く_閻浮提内。広令流布。使不断絶〔閻浮提の内に、広く流布せしめて断絶せざらしめん〕等云云。此の文の心は、法華経は南閻浮提の人のための有縁の経也。弥勒菩薩の云く ̄東方有小国 唯有大機〔東方に小国有り。唯大機のみ有り〕等云云。此の論の文の如きは、閻浮提の内にも東の小国に大乗経の機ある歟。肇公の記に云く ̄茲典有縁東北小国〔茲の典は東北の小国に有縁なり〕等云云。法華経は東北の国に縁ありとかかれたり。安然和尚の云く ̄我日本国皆信大乗〔我が日本国皆大乗を信ず〕等云云。慧心の一乗要決に云く ̄日本一州円機純一等云云。釈迦如来・弥勒菩薩・須利耶蘇摩三蔵・羅什三蔵・僧肇法師・安然和尚・慧心先徳等の心ならば、日本国は純に法華経の機也。
『南条兵衛七郎殿御書』
夫れ以みれば日本国亦云く 水穂の国 亦野馬臺 又秋津嶋 又扶桑等云云。六十六国・二嶋・已上六十八ヶ国。東西三千余里、南北は不定也。此の国に五畿七道あり。と申すは山城・大和・河内・和泉・摂津等也。七道と申すは東海道十五箇国・東山道八箇国・北陸道七ヶ国・山陰道八ヶ国・山陽道八ヶ国・南海道六ヶ国・西海道十一ヶ国。亦云く 鎮西 又太宰府云云。已上此れは国也。
<中略>
しかるに我が日本国は一閻浮提の内、月氏・漢土にもすぐれ、八幡の国にも超へたる国ぞかし。其の故は月氏の仏法は西域記等に載せられて候但七十余ヶ国也。其の余は皆外道の国也。漢土の寺は十万八千四十所なり。我が朝の山寺は十七万一千三十七所。此の国は月氏・漢土に対すれば、日本国に伊豆の大嶋を対せるがごとし。寺をかずうれば漢土・月氏にも雲泥すぎたり。かれは又大乗の国・小乗の国・大乗も権大乗の国也。此れは寺ごとに八宗十宗をならい、家々宅々に大乗を読誦す。彼の月氏・漢土等は仏法を用ゆる人は千人に一人也。此の日本国は外道一人もなし。其の上神は又第一天照太神・第二八幡大菩薩・第三は山王等三千余社。昼夜に我が国をまほり、朝夕に国家を見そなわし給ふ。
『神国王御書』
末法に於ては、大小権実顕密共に教のみ有りて得道無し。一閻浮提、皆謗法と為り了んぬ。逆縁の為には但妙法蓮華経の五字に限るのみ。例せば不軽品の如し。我が門弟は順縁、日本国は逆縁也。
『法華取要抄』
喩伽論には「丑寅の隅に大乗妙法蓮華経の流布すべき小国ありと見えたり」。安然和尚云く「我日本国」等云云。天竺よりは丑寅の角に此日本国は当るなり。又恵心僧都の一乗要決に云く「日本一州円機純一にして朝野遠近同じく一乗に帰し、緇素、貴賎悉く成仏を期せん」云云。此文の心は日本国は京、鎌倉、筑紫、鎮西、みちをく(陸奥)、遠きも近きも法華一乗の機のみありて、上も下も、貴も賎も、持戒も破戒も、男も女も、皆おしなべて法華経にて成仏すべき国なりと云ふ文なり。譬へば昆崙山に石なく蓬莱山に毒なきがごとく、日本国は純に法華経の国なり。
『法華初心成仏鈔』
問て云く 天竺・震旦は外道が仏法をほろぼし、小乗が大乗をやぶるとみえたり。此の日本国もしかるべきか。
答て云く 月支・支那には外道あり、小乗あり。此の日本国には外道なし、小乗の者なし。紀典博士等これあれども、仏法の敵となるものこれなし。小乗の三宗これあれども、彼の宗を用て生死をはなれんとおもわず。但大乗を心うる才覚とおもえり。但し、此の国には大乗の五宗のみこれあり。人々皆おもえらく、彼の宗々にして生死をはなるべしをおもう故に、あらそいも多くいできたり、又檀那の帰依も多くあるゆえに、利養の心もふかし。
『顕謗法鈔』
問て云く 日本国は法華・涅槃有縁の地なりや、否や。
答て云く 法華経第八に云く_於如来滅後。閻浮提内。広令流布。使不断絶〔如来の滅後に於て閻浮提の内に、広く流布せしめて断絶せざらしめん〕。七の巻に云く_広宣流布。於閻浮提。無令断絶〔閻浮提に広宣流布して、断絶せしむること無けん〕。涅槃経第九に云く_此大乗経典大涅槃経亦復如是。為於南方諸菩薩故当広流布〔此の大乗経典大涅槃経も亦復是の如し。南方の諸の菩薩の為の故に当に広く流布すべし〕[已上経文]。三千世界広しと雖も仏自ら法華・涅槃を以て南方流布の所と定む。南方の諸国の中に於ては、日本国は殊に法華経の流布すべき処也。
問て云く 其の証、如何。
答て曰く 肇公の法華翻経後記に云く ̄羅什三蔵奉値須利耶蘇摩三蔵授法華経時語云 仏日西山隠遺耀照東北。茲典有縁東北諸国。汝慎伝弘〔羅什三蔵、須利耶蘇摩三蔵に値い奉りて法華経を授かる時の語に云く 仏日西山に隠れ遺耀東北を照らす。茲の典東北の諸国に有縁なり。汝、慎んで伝弘せよ〕[已上]。東北とは日本也。西南の天竺より東北の日本を指すなり。故に慧心の一乗要決に云く ̄日本一州円機純一 朝野遠近同帰一乗 緇素貴賎悉期成仏〔日本一州円機純一なり。朝野遠近同じく一乗に帰し、緇素貴賎悉く成仏を期す〕[已上]。願わくは日本国の今の世の道俗、選択集の久習を捨て、法華・涅槃の現文に依り、肇公・慧心の日本記を恃みて法華修行の安心を企てよ。
『守護国家論』
日本国は一向大乗の国、大乗の中の一乗の国なり。華厳・法相・三論等の諸大乗すら猶お相応せず。何に況んや小乗の三宗をや。
『十章抄』
日本国と申すは女人の国と申す国也。天照太神と申せし女神のつきいだし給へる島也。此の日本には男は十九億九万四千八百二十八人、女は二十九億九万四千八百三十人也。
『日眼女釈迦仏供養事』
『南条兵衛七郎殿御書』
夫れ以みれば日本国亦云く 水穂の国 亦野馬臺 又秋津嶋 又扶桑等云云。六十六国・二嶋・已上六十八ヶ国。東西三千余里、南北は不定也。此の国に五畿七道あり。と申すは山城・大和・河内・和泉・摂津等也。七道と申すは東海道十五箇国・東山道八箇国・北陸道七ヶ国・山陰道八ヶ国・山陽道八ヶ国・南海道六ヶ国・西海道十一ヶ国。亦云く 鎮西 又太宰府云云。已上此れは国也。
<中略>
しかるに我が日本国は一閻浮提の内、月氏・漢土にもすぐれ、八幡の国にも超へたる国ぞかし。其の故は月氏の仏法は西域記等に載せられて候但七十余ヶ国也。其の余は皆外道の国也。漢土の寺は十万八千四十所なり。我が朝の山寺は十七万一千三十七所。此の国は月氏・漢土に対すれば、日本国に伊豆の大嶋を対せるがごとし。寺をかずうれば漢土・月氏にも雲泥すぎたり。かれは又大乗の国・小乗の国・大乗も権大乗の国也。此れは寺ごとに八宗十宗をならい、家々宅々に大乗を読誦す。彼の月氏・漢土等は仏法を用ゆる人は千人に一人也。此の日本国は外道一人もなし。其の上神は又第一天照太神・第二八幡大菩薩・第三は山王等三千余社。昼夜に我が国をまほり、朝夕に国家を見そなわし給ふ。
『神国王御書』
末法に於ては、大小権実顕密共に教のみ有りて得道無し。一閻浮提、皆謗法と為り了んぬ。逆縁の為には但妙法蓮華経の五字に限るのみ。例せば不軽品の如し。我が門弟は順縁、日本国は逆縁也。
『法華取要抄』
喩伽論には「丑寅の隅に大乗妙法蓮華経の流布すべき小国ありと見えたり」。安然和尚云く「我日本国」等云云。天竺よりは丑寅の角に此日本国は当るなり。又恵心僧都の一乗要決に云く「日本一州円機純一にして朝野遠近同じく一乗に帰し、緇素、貴賎悉く成仏を期せん」云云。此文の心は日本国は京、鎌倉、筑紫、鎮西、みちをく(陸奥)、遠きも近きも法華一乗の機のみありて、上も下も、貴も賎も、持戒も破戒も、男も女も、皆おしなべて法華経にて成仏すべき国なりと云ふ文なり。譬へば昆崙山に石なく蓬莱山に毒なきがごとく、日本国は純に法華経の国なり。
『法華初心成仏鈔』
問て云く 天竺・震旦は外道が仏法をほろぼし、小乗が大乗をやぶるとみえたり。此の日本国もしかるべきか。
答て云く 月支・支那には外道あり、小乗あり。此の日本国には外道なし、小乗の者なし。紀典博士等これあれども、仏法の敵となるものこれなし。小乗の三宗これあれども、彼の宗を用て生死をはなれんとおもわず。但大乗を心うる才覚とおもえり。但し、此の国には大乗の五宗のみこれあり。人々皆おもえらく、彼の宗々にして生死をはなるべしをおもう故に、あらそいも多くいできたり、又檀那の帰依も多くあるゆえに、利養の心もふかし。
『顕謗法鈔』
問て云く 日本国は法華・涅槃有縁の地なりや、否や。
答て云く 法華経第八に云く_於如来滅後。閻浮提内。広令流布。使不断絶〔如来の滅後に於て閻浮提の内に、広く流布せしめて断絶せざらしめん〕。七の巻に云く_広宣流布。於閻浮提。無令断絶〔閻浮提に広宣流布して、断絶せしむること無けん〕。涅槃経第九に云く_此大乗経典大涅槃経亦復如是。為於南方諸菩薩故当広流布〔此の大乗経典大涅槃経も亦復是の如し。南方の諸の菩薩の為の故に当に広く流布すべし〕[已上経文]。三千世界広しと雖も仏自ら法華・涅槃を以て南方流布の所と定む。南方の諸国の中に於ては、日本国は殊に法華経の流布すべき処也。
問て云く 其の証、如何。
答て曰く 肇公の法華翻経後記に云く ̄羅什三蔵奉値須利耶蘇摩三蔵授法華経時語云 仏日西山隠遺耀照東北。茲典有縁東北諸国。汝慎伝弘〔羅什三蔵、須利耶蘇摩三蔵に値い奉りて法華経を授かる時の語に云く 仏日西山に隠れ遺耀東北を照らす。茲の典東北の諸国に有縁なり。汝、慎んで伝弘せよ〕[已上]。東北とは日本也。西南の天竺より東北の日本を指すなり。故に慧心の一乗要決に云く ̄日本一州円機純一 朝野遠近同帰一乗 緇素貴賎悉期成仏〔日本一州円機純一なり。朝野遠近同じく一乗に帰し、緇素貴賎悉く成仏を期す〕[已上]。願わくは日本国の今の世の道俗、選択集の久習を捨て、法華・涅槃の現文に依り、肇公・慧心の日本記を恃みて法華修行の安心を企てよ。
『守護国家論』
日本国は一向大乗の国、大乗の中の一乗の国なり。華厳・法相・三論等の諸大乗すら猶お相応せず。何に況んや小乗の三宗をや。
『十章抄』
日本国と申すは女人の国と申す国也。天照太神と申せし女神のつきいだし給へる島也。此の日本には男は十九億九万四千八百二十八人、女は二十九億九万四千八百三十人也。
『日眼女釈迦仏供養事』



